祝! NHK大河ドラマ「麒麟がくる」。福井市の明智光秀神社に眠る、わずか13センチのお宝とは?!

祝! NHK大河ドラマ「麒麟がくる」。福井市の明智光秀神社に眠る、わずか13センチのお宝とは?!

こんにちは! ふーぽ編集部のじんです。

来年の話をするとオニがなんとかって言いますが、再来年2020年のNHK大河ドラマは、戦国武将・明智光秀が主人公の「麒麟(きりん)がくる」に決まりましたね。光秀役は長谷川博己さんだそうです。

光秀といえば「本能寺の変」や「三日天下」などで知られる戦国武将ですが、実はこの福井も光秀にゆかりが深い土地だって知っていました?

福井県福井市東大味町には「明智神社」というものがあります。そう、縁があるどころか、光秀を神様として祀っているんです。

毎年、光秀の命日である6月13日に祭礼が開かれているのですが、そこで年に一度しか目にすることができない貴重なお宝に会ってきました。

最後まで読んでいただくと、お宝の正体がわかりますよ~。



まずは、明智神社の普段の様子から見ていただきましょう。

福井県福井市と鯖江・越前市方面を結ぶ県道238号線。福井市東大味町を通るあたりのすぐ脇に大きなサインがあります。


脇道に入り進めば、また看板が。わかりやすい。


集落の中の細い道を進むと、さらに看板があるところがお社です。

看板に書かれているように、この土地の人たちは明智光秀を「あけっつぁま」と呼んで親しんでいるそう。めちゃめちゃフランクですね。


おお、ありました! 

高さ2メートルぐらいの小さなお社。これが明智神社です。

境内もつつましやかな広さ。


ここで、明智光秀と東大味の関連についておさらいしましょう。

明智光秀は若かりし頃、朝倉義景に召し抱えられ、家臣として越前の地に数年の間暮らしていたとされます。

一乗谷に近いこの東大味に屋敷をかまえで家族と住み、後に「細川ガラシャ」と呼ばれる三女「たま」もここで生まれたと伝わります。その後、光秀はこの地を去り織田信長の配下となりました。

月日は流れ、信長の一乗谷焼き討ちの際、光秀はかつて住んでいた東大味の住民の安否を気遣い、この地を戦禍から逃れさせるよう安堵状を出しました。町内の西蓮寺にはその2通の安堵状が今でも残ります。

住民たちは光秀にいたく感謝しましたが、光秀はその後、主君の信長を裏切ったことから、長らく「逆臣」「卑怯者」と呼ばれ、歴史上も非難され続けました。

しかし東大味の屋敷跡に住む三軒の農家では、「今生きているのは光秀様のおかげ」と、その後何百年もの間、光秀公の姿をかたどった小さな木像をひそかに祀ってきたのです。そう、まるで、世の中の迫害から逃れる隠れキリシタンのように。

そして1886(明治19)年になって、ようやくこの明智神社が建てられ、光秀の木像が収められました。今では、神社そのものを「あけっつぁま」と呼び、地元のみなさんが慕っています。

今では研究が進んで、明智光秀に対する歴史的評価が大きく変わる中、多くの光秀ファンが県内外から神社に訪れるようになったんですね~。


そんな明智神社の小さな境内には、こんな建物もあるんです。

歴史文化資料館! ドーン!

内部は、なんとも手作り感あふれる展示物が並びます。


全国に残る光秀の木像などの写真が・・・。


郷土歴史家や地区の人々の手によって編まれた冊子が・・・。

鳥羽一郎が・・・。



光秀関連のものなら何でも収蔵しようという、熱い志が感じられますね。


そして、注目したいのはコレ! 寄せ書きノート!!

書かれている住所を見ると、本当に全国津々浦々いろんなところから訪れているんです。

そして、最近のものに多いのは、

「大河ドラマおめでとうございます」

というメッセージ。やはり。


というのが、いつでも足を運べば見られる明智神社の普段の様子です。



次ページは  年に一度、光秀の命日にだけ見られるお宝とは?! 

※掲載内容に誤りや修正などがありましたら、こちらからご連絡いただけると幸いです。

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