「仕事をする上での〝父と母〟」宇宙ライター・林公代①【ふーぽコラム】

    「仕事をする上での〝父と母〟」宇宙ライター・林公代①【ふーぽコラム】

    福井にゆかりがあったりなかったりする、いろいろな書き手がよしなしごとを書き綴る「ふーぽコラム」。

    今回は、福井県福井市出身で宇宙関連の書籍を多数出版している「宇宙ライター」・林公代さんの1回目です。


     

      仕事をする上での〝父と母〟


      宇宙分野を中心に取材・執筆して 30 年も経ってしまった。

      「ずっと宇宙が好きだったのですか」とよく聞かれるが、高校時代に物理のテストで8点をとったこともあるド文系。アポロ月面着陸の頃は物心ついていたはずなのに、まったく記憶にないというお恥ずかしさ。

      実は、世界を旅しながら記事を書く「旅行ライター」になりたかった。

      しかし、大学卒業後、日本宇宙少年団(宇宙好きの子供たちの団体)の情報誌の仕事をしませんか、と知り合いからお誘い頂き、「編集の勉強になりそう」と軽い気持ちで引き受けた。

      最初にガツンとやられたのは、編集部にかかってきた一本の電話だった。

      「毛利です。記事が間違っています」。宇宙飛行士の毛利衛さんからだった。背筋が凍り付いた。

      最新号で「目が悪いと宇宙飛行士になれないのですか?」という団員の質問に対して、新人の私は天文学者に回答を依頼し、間違えた内容(目が悪いと難しい)を掲載してしまったのだ。

      「矯正視力が基準をクリアすれば宇宙飛行士になれる。子供たちの夢をつぶさないで下さい」という毛利さんの言葉に、調べもせず記事を作った自分を激しく恥じた。

      次号で訂正文を掲載し、毛利さんに御礼とお詫びをドキドキしながら伝えに行った。

      すると毛利さんは「よかった!」と輝くような笑顔を見せてくれた。その後、毛利さんの本を2冊も作らせて頂くほど、お仕事をご一緒させて頂くことができた。

      毛利さんが宇宙の仕事をする上での「父」のような存在なら、厳しくも優しい「母」のような存在が向井千秋さんだ。

      適切でない質問には「それは私に聞く質問じゃないね」とぴしゃり。一方、「それはいい質問!」とほめて下さることも。

      忘れられないのは、私が宇宙の仕事をやめようか悩んでいた時のこと。

      ちょうど向井さんにインタビューする機会があり、仕事後に相談した。「世界には様々な問題があるのに、宇宙の仕事を続ける意味があるのか」と。

      すると向井さんは「私もいつも悩んでるよ。でも医者時代に私と同じ歳の方が亡くなったとき思ったの。自分が幸運なことに生きているなら、亡くなった方の分まで精一杯、置かれた場所でやるべきことをやろうって。また悩んだらいつでも言って」

      私は宇宙そのもの、というより宇宙を目指す人たちの魅力の虜になって、今まで仕事を続けてきたように思うのだ。

      毛利衛さんが表紙となった日本宇宙少年団情報誌

      1992年9月、毛利衛さんの打ち上げをNASAで取材し日本宇宙少年団情報誌に掲載

      2000年、2回目の宇宙飛行を行う毛利衛さん。スペースシャトル船内で(提供:NASA)



      林 公代(はやし・きみよ)

      1962年福井市生まれ。サンケイリビング新聞社、 日本宇宙少年団情報誌編集長を経て、フリーライ ター兼編集者に。
      宇宙分野を主に著書多数。
      【⇒公式ホームページはこちら】

      ※掲載内容に誤りや修正などがありましたら、こちらからご連絡いただけると幸いです。

      ※本記事の情報は取材時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。最新情報はお電話等で直接取材先へご確認ください。

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      writer : ふーぽ コラム

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