あの原稿を提出したのは4月10日。
その約2週間後に衝撃ニュースが報じられるとは…。
和歌山からパンダが居なくなるなんて!(泣)
待て待て、せっかくこのような他県の皆さまが読んでくださる打席を与えられたのに、初回空振り三振コールドゲームなエンディングを誰が予想をしたか。(詳しくは前回のエッセイを読んでください)
和歌山からパンダがいなくなっても、和歌山のことは嫌いにならないでくださいっ!
この連載を読んでくださる皆さんにいつかわが県に訪れてもらうため、和歌山の魅力を伝え続けます。
とはいえ、パンダ、カムブァーーーーーク!!
…取り乱しましたが、本題に戻ります。
和歌山県民ってどんな人?
自分は生まれてこの方、他県で長期間暮らしたことがなく、あまりピンとこないので、ここであらためて県民のアイデンティティを考察します。
あくまで個人の見解です。
わかりやすいところで、まずは方言。
全然(ぜんぜん)を「でんでん」、身体(からだ)を「かだら」とナチュラルに口にする人に出会ったとしたら、その方はおそらく和歌山県民。
若い世代はさすがにそこまでではないですが、和歌山弁の特徴のひとつとして、和歌山県民はザ行とダ行の混同が多く、またダ行とラ行も混ざって発音される傾向にあります。

オリジナルの和歌山弁落語でも笑いを届けている地元出身の落語家・桂枝曾丸さん。 師匠の落語を聴けば、県民の生態がわかる!?
ちなみに私(アラフィフ)もダ行とザ行の発音はちょっと危ういです。
発語に意識をしなければ、ぞうさんを「どうさん」と、ぜんざいを「でんだい」と言ってしまうことも。
でも斎藤道三は、さいとう「ぞうさん」とは呼びません。
ちなみにラルクアンシエルのHYDEさんも和歌山県民。
あんなにカッコよいビジュアルでも、気ぃ抜くと「どうさん」言うてるはずです(あくまで推定)。

和歌山城ホール2階に設置されている「HYDE Memorial Gallary」。 和歌山城観光の際にはぜひお立ち寄りを
次に性格。基本的にはおだやかでのんびり。
根が真面目で保守的、シャイでアピールが下手だと思います。
なのに「ええかっこしい」(見栄っ張り)。
紀州御三家特有のお殿様気質もあるのか、奥ゆかしいというか積極的に前に出ない傾向もあります。
過去にある企画コンペに参加した際、毎年行われていたプレゼンテーションがなくなった理由として「和歌山の業者さんは皆さん人前で話すプレゼンを嫌うので辞めました」と、担当者から告げられた時に、さもありなんと納得しました。
そんな普段は大人しい和歌山県民も、あるイベントに参加する時だけは一斉に覚醒するのです。
それが「餅まき」です。
皆さんが暮らす地域では餅まきは行われていますか?
和歌山県は「餅まきの聖地」といわれていて、新築の上棟式はもちろん、地蔵盆、地域の祭りやイベントなど、一年を通してどこかで餅まきが行われています。

日高川町皆瀬にある下阿田木神社の10月例大祭で行われた餅まきの様子※写真提供/伊原
あまりにも問い合わせが多かったため、和歌山県が「和歌山県餅まきカレンダー」を作成し、ホームページで公開していたこともありました。
餅まきに参加する和歌山の民たちは、シャイで奥ゆかしい日常の仮面を脱ぎ捨てます。
さすがにスーパーサイヤ人のように髪色までは変わりませんが、我先にと餅をゲットしようと、特に素早さの数値がアップ。
飛んでくる餅をキャッチするネットよろしくビニール袋持参で参戦する手練れも多く、素人が介入する余地はそこにはありません。
「前に放ってよ! 前に!」「こっち投げて!」
この時ばかりは老いも若きも大きな声を張り上げ、感情を爆発。
たくさんの餅を持ち帰ろうと、いや福を授かろうと必死です。
投げられてくるのは餅だけではありません。
お菓子やパンなども空から降ってきて、子どもたちもゲットしようと頑張ります。
しかしかよわい年少者にも容赦がないのが餅まきの恐ろしさ。
私も小さい頃、神社の餅まきに参加したことがあります。
地面に落ちた餅をつかもうとして、手を踏まれたり(不可抗力)、キャッチしようと手を伸ばすと、おばちゃんの太いエルボーが頬に入ったり(不可抗力)。
餅まきのステージに立てば、大人も子どもも関係ないのだなと思い知らされたっけ。
コンプライアンスというワードがなかった、のんびり平和な昭和の頃のお話でした。