
手書きは脳の広範囲を刺激する。
手で書くという行為は、実はキーボードに比べると複雑で繊細な手指の動きが必要になります。
脳神経外科医ペンフィールドによると、人間の大脳は約2割の領域が手や指の動きに使われています。
また近年の手書きとタイピングを比較した実験では、手書きの方が記憶や創造性に関する部位など多領域を刺激(活性化)することが報告されました。
手書きはペン先の質感が指や手に伝わり、逆に書き手の状態も手を通して紙に現れます。
それが心を落ち着けたり思考を深めたりすることにつながるのではないでしょうか。
人気の「ジャーナリング」も、頭に思い浮かんだことを紙やノートにそのままペンで書き出していくことで、瞑想効果が得られるといわれます。
写経すると心が整うのも、毛筆に墨を含ませるところから、筆圧、速度、そして字形と、非常に多くの注意が必要だからでしょう。
これだけのことを同時にやろうとすれば意識を集中せざるを得ず、おのずと雑念も払われます。

鉛筆やペンで手書きする場合、修正が容易なタイピングに比べ、よく考える必要があります。
キーボードより自由度が高い分、手は多彩な動きをするためのコントロールが必要です。
伝言メモは頭の中で要点をまとめながら書きますし、手紙は相手を思い浮かべ言葉を選びながら、書き損じないよう丁寧に手を動かします。
ビジネスでは手帳にメモした内容を、線や図形などを使って整理していく人もいますね。
付せんを使って行うブレスト会議では、手書きメモをディスカッションしながら動かし、発想を広げていきます。
「書く」だけならタブレットにタッチペンで書いても同じだと思うかもしれませんが、硬質な画面と紙では感覚が異なり、手指や脳への伝わり方が違います。
私自身も書きやすいペンや紙だと気分が上がりますが、手書きの効用にはこうした快・不快の感覚も影響してくるかもしれません。

発達心理学で多くの業績を残したロシアの心理学者ヴィゴツキーは、「言葉が思考を媒介し、さらに認知の発達を促す役割を果たしている」と指摘。
頭の中の考えは書いて言葉にすることで具体的になり、思考の整理や論理的な筋道を立てる手助けをしてくれると考えました。
AI技術の進歩は目覚ましく、話しかけるだけで文章化し、指示によりさまざまな要約もしてくれます。
今後はタイピングも不要になるでしょう。
しかしその便利さに頼って、手で「書く」ことで得られる恩恵を受け取れないのは残念です。
整然としたタイピング文字の読みやすさや保存性といったメリットも考えながら、暮らしの中に意識して手書きを取り入れていきたいものです。