2021年大河ドラマ「青天を衝け」に登場! 福井県内各地に足跡が残る「天狗党」&幕末福井の偉人たちをご紹介。

2021年大河ドラマ「青天を衝け」に登場! 福井県内各地に足跡が残る「天狗党」&幕末福井の偉人たちをご紹介。

こんにちは! ふーぽ編集部です。

毎週日曜日20時から放送されている2021年の大河ドラマ「青天を衝け(せいてんをつけ」。

今回の大河ドラマの舞台は「幕末」です!


主人公・渋沢栄一の活躍
が描かれていますが、同じ時代に、志半ばにして福井の地で散った「天狗党」という集団がいたことをご存知でしょうか?

 

今回は、ドラマにも登場した天狗党の歩みや渋沢栄一との関わり、同時代に活躍した福井の偉人たちについて、ちょっと深堀していきます!

近代日本の国づくりに大きく関わった福井。

この記事を読めば、大河ドラマ「青天を衝け」をもっと楽しめますよ♪

実はものすごく凄い人だった? 「青天を衝け」の主人公・渋沢栄一

「名前は聞いたことあるけど、一体何をした人だったんだろう?」

という人に向け、まずはドラマの主人公・渋沢栄一(しぶさわえいいち)について紹介しますね。

渋沢栄一は、1840年に武蔵国(現在の埼玉県とその周辺)の百姓の家に生まれました。

「尊王の志士」として青春時代を過ごした後、後の第15代将軍となる一橋(徳川)慶喜に仕えます

その後も、江戸から明治へと変わる時代の大きなうねりの中で、自らの人生を切り開いていきます

ドラマでは、幕末を駆け抜けた人々と、その中で成長していく渋沢の生き様が描かれています。

渋沢栄一(埼玉県深谷市所蔵)

渋沢は生涯にわたり500以上の企業の育成や、教育機関・社会公共事業の支援、民間外交に尽力し、1931(昭和6)年11月11日、91歳の生涯を閉じました。

 

ちなみに、彼が設立に関わったものの中には、日本銀行、日本興業銀行、三井銀行、東京海上火災保険、東京株式取引所、大阪株式取引所などなど、早々たる名がずらり!

今の私たちの生活に直結しているインフラを作った人ともいえるのです。ありがとう渋沢さん!

 

≫渋沢栄一について詳しくはこち

 

ドラマにも登場! 福井にゆかりある「水戸天狗党」って?

攘夷に揺れる幕府や水戸藩を中心に描かれてきたドラマは、明治維新に向け動乱の時代へと進んでいきます。

ドラマの中では、福井にもゆかりのある「天狗党」というキーワードと、彼らが引き起こした騒乱が取り上げられていました。

それでは天狗党とは一体どんな集団だったのでしょうか?

 

天狗党とは?

天狗党の首領・武田耕雲斎


天狗党
は、幕末の動乱期に水戸藩(現在の茨城県)で水戸藩士たちにより結成された集団です。

彼らは特に「尊王攘夷(そんのうじょうい)」の思想を掲げていました。

 

「尊王」とは王すなわち「天皇」を尊ぶこと。

「攘夷」とは外敵を打ち払うこと。

尊王攘夷は「天皇」を敬い、外敵(外国の侵略)を撃退しようとする思想です。


日本の行く末を憂い、外国の勢力を排除して、天皇による政治を実現しようという思想のもと、天狗党は積極的に水戸藩の藩政改革を行っていきます。

しかし、反改革派からは彼らが“鼻高々の成り上がり者”に見えたことから、「天狗」という蔑称で呼ばれていたのです。

 

尊王攘夷を唱えた水戸藩主・徳川斉昭(右)と七郎麻呂(左・のちの徳川慶喜)


天狗党に属した人々の多くは、第9代の水戸藩主である徳川斉昭(なりあき)の支持者でした。

斉昭は当時最も強烈な尊王攘夷論者だったといわれています。

 

ふーぽ編集部
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徳川斉昭は第15代将軍・徳川慶喜の父親でもあります。

ドラマでは竹中直人さんが熱演されてましたね。

 

幕末の悲劇、天狗党の乱勃発!

『近世史略 武田耕雲斎筑波山之図』(敦賀郷土博物館(八幡神社)所蔵)


1864年、世の中の攘夷への動きが思ったように進まず不満を抱いた天狗党の志士たちは、藤田小四郎らを中心に筑波山で挙兵。

水戸藩の元家老・武田耕雲斎を首領とし、当時京都で要職に付いていた一橋慶喜を通じて尊王攘夷の思いを天皇に訴えようと、京都への進軍を開始します。

これ以降の天狗党による一連の騒乱が「天狗党の乱」と呼ばれています。

 

ふーぽ編集部
ふーぽ編集部
武田耕雲斎役は福井出身の俳優・津田寛治さんが熱演されていました!

 

武田耕雲斎本陣跡


天狗党志士たちは美濃(現在の岐阜県)から大野、越前に入り、京へと向う途中、敦賀で幕府からの追手に包囲されてしまいます

さらに、頼りにしていた一橋慶喜が幕府側の軍勢を率いて対峙していることを知った天狗党は、それ以上の進軍をあきらめ降伏

天狗党の浪士らが祀られている、敦賀市の松原神社


捕らえられた天狗党一行の数は828名
といわれています。

そのうち武田耕雲斎や藤田小四郎らの幹部を含め、なんと353名もの浪士が敦賀にて処刑されました


天狗党が起こした騒動の一連の流れは、福井では大きくはここまでなのですが、その後も水戸藩では内乱が続き、有能な人物が多く亡くなってしまいます

結果、尊王攘夷の先駆けでもあったはずの水戸藩が、明治新政府で要職を占めることが無かったという皮肉な結果に繋がってしまうのです。

池田町 善徳寺

志半ばで敦賀の地で散った天狗党ですが、福井県内には下記のような天狗党ゆかりの地が数多く残っています

◆池田町「善徳寺」
宿泊した2名の党員が、「今日を命日として、弔ってほしい」と、自分の髻(もとどり・たぶさ:髪を頭上で束ねたもの)を切って住職に手渡したと伝えられおり、現在もその党員の髻は寺院に残っています。

◆南越前町「旧京藤甚五郎家住宅」
自分たちの境遇に苛立ちを覚えた党員らが建物を斬りつけた刀傷が残っています。

 

 

天狗党と渋沢栄一の関わりとは? 相関図で一目瞭然

水戸の天狗党と、武蔵国生まれの渋沢栄一。

両者に関わりはなさそうに思えるのですが・・・実は浅からぬ繋がりがあるのです!

敦賀市にある、天狗党・武田耕雲斎らの墓


渋沢は若い頃、尊王攘夷をかかげる志士でした。

かつては同じ志をもつ者同士だったということですね。

 

外国勢力排除のために、城の占拠や港の焼き討ちなどの実行を企てる過激派として活動していたというから驚きです!

天狗党の主要幹部のひとりとなる藤田小四郎とも、渋沢は交流があったといわれています。

 

紆余曲折の末に一橋慶喜に仕えることとなり、天狗党の乱の際には討伐側の幕府の人間として対処にあたることになった渋沢。

後年、渋沢はその著作の中で、たびたび天狗党についての記述を残しています

 

\分かりやすい相関図はこちら/

クリックで拡大します

 

 

「幕末」の時代、福井ではどんな人が、何してた?

ここまでは天狗党と福井、渋沢栄一との関わりを追ってきました。

ところで、今回の大河ドラマの舞台である「幕末」の時代に、福井にはどんな人物が活躍していたのでしょうか?

代表格の3名を紹介していきます!

 

松平春嶽

第16代の福井藩主

身分にとらわれることなく優秀な人材を登用し、当時多額の借金を抱えていた藩の立て直しに着手していました。

1853年の黒船来航をきっかけに国内が動揺する中で、早くから開国論を主張しました

1860年には江戸幕府で政治総裁職(現在の総理大臣のようなポジション)に就くなど活躍。

明治新政府でも要職を歴任しました。

 

橋本佐内

現在の福井市春山2丁目で、医者の長男として誕生。

藩の医学校で漢方医学を学んだのち、16歳で大阪にあった「適塾」へ入門し、蘭学を学びました

さらに勉学に励むために江戸へ出て、西欧の書物を読み漁るなど、視野を世界へと広げていきます。

左内の才能を見抜いた松平春嶽の取り立てにより、福井藩へ出仕し活躍

春嶽とともに、徳川(一橋)慶喜を次期将軍にしようと奔走しましたが、反対派により捕らえられ、わずか26歳の若さで斬首されてしまいます

 

由利公正

現在の福井市毛矢一丁目に、福井藩士の長男として生まれます。

福井藩に出仕するようになった頃、松平春嶽が熊本藩から招いた儒学者・横井小楠に師事し、福井藩の財政改革に取り組みました

その財政改革の一環として、「藩札」と呼ばれる紙幣を発行。

主要な産業であった生糸の販路開拓を行い、藩の財政は黒字に転じました。

その手腕を高く評価した坂本竜馬からは、新政府において現在でいうところの財務大臣の職に推薦されました。

 

明治新政府では、日本初の全国流通紙幣で現在のお札の元となっている「太政官札」の発行や、あの「五箇条の御誓文」の原案を作成するなど、重要な役割を担いました。

 

ちなみに、松平春嶽は要潤さんが、橋本左内は小池徹平さんが演じていましたね。

由利公正がドラマにもし出てくるとしたらどんな人が演じるのでしょうか?楽しみですね~!

 

渋沢栄一、実は福井にやってきていた!

かつての渋沢と同じ志をもっていた天狗党の面々は、敦賀にて命を落としていまいました。

当時、慶喜のもとで幕府側の人間として対応にあたっていた渋沢は、直接天狗党の一行と対峙することはなかったのですが、彼らが捕まり処刑されてしまったときには、ひとかたならぬ思いがあったに違いありません

 

天狗党の乱が鎮圧されて22年経った1887年。

第一国立銀行(後のみずほ銀行)の頭取となった渋沢は、視察の途中に敦賀に立ち寄った際、処刑された天狗党員が埋葬されている墓を訪れています

 

 

お札のルーツも福井にあり!

2024年に新たに発行される一万円札の顔となる渋沢栄一。

新紙幣が発行されるとあって、お札の歴史などにも注目が集まっています。

 

先ほど、由利公正が発行した太政官札が、今の日本経済のお札のルーツになっていると紹介しましたが、その太政官札には、なんと福井の伝統工芸である越前和紙が使われていたんです!

また、現代のお札で偽造防止として使われている「すかし」の技術は、越前和紙で用いられていた技法を応用したものだといわれています。

福井県民としてとっても誇らしいですね。

 

 


 

数々の偉業を残し、「資本主義の父」と称されるほどの功績を打ち立て、ついには紙幣に肖像が印刷されるまでの人物となった渋沢栄一

一方で、渋沢と志を同じくし、道半ばで異郷の地で散っていった天狗党の志士たち

 

福井県文化課発行「天狗党ゆかりの地」紹介リーフレット

天狗党ゆかりの地を詳しく紹介。県内の各公共施設等で手に入れることができます

 

福井県内のゆかりの地を訪れ、彼らに思いをはせてみてはいかがでしょう

⇒天狗党、幕末福井にもっと知りたい方はこちら

⇒詳しいMAP、資料はこちらから(PDF)

※掲載内容に誤りや修正などがありましたら、こちらからご連絡いただけると幸いです。

※本記事の情報は取材時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。最新情報はお電話等で直接取材先へご確認ください。

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