「まだ見ぬ次の書の表現を求め 考え続け、書き続けたい。」書家・評論家・石川 九楊さん【ふくい人に聞く】

「まだ見ぬ次の書の表現を求め 考え続け、書き続けたい。」書家・評論家・石川 九楊さん【ふくい人に聞く】


※福井県ゆかりのさまざまな人たちにインタビューする連載です。 

書家・評論家
石川 九楊(いしかわ きゅうよう)さん

 

現代日本を代表する書家で評論家の石川九楊さんは越前市の出身です。

書の可能性を大きく広げる作品のほか、文字や文化、歴史を縦横に越境し書を論じる評論で知られます。

電子機器の普及により、実際に自分の手を動かして書くことがおろそかになっている現状に警鐘を鳴らし続ける石川さんに、書くこと、考えることへの思いをお聞きしました。


 

これが書なのか。

書の様式や概念を突き破るかのようなエネルギーに満ちた石川さんの作品を見て、そう面食らう人もいるかもしれない。

書くことの根源を追い求め続け、先鋭的な書の創作のみならず、文字、歴史、国家、文化、文学などの幅広い分野にまたがる知見を統合した「石川書字学」を確立。

評論活動にも精力的に取り組んできた。

 

これまで世に送り出した書は千点、著作は百点を超える。

「若い頃から、まだ誰も見ていない領域を目指し、葛藤と試作を繰り返しながら少しずつ進んできました。こんなところにまでたどり着くとは想像していませんでしたね」

2020年10月から2021年1月まで、福井県ふるさと文学館で開かれた企画展「石川九楊の世界」。若き日の未公開作や習作、近年の話題作などの書作品、著作の肉筆原稿や硯など愛用品が一堂に並んだほか、講演会や文学講座なども開かれた

 

5歳のとき、近所の書道教室に通い始め、コンクールで評価されるうれしさからのめり込んだ。

書道が盛んな福井の土壌で、垣内楊石さんらさまざまな師の教えのもと、小中高を通して書に明け暮れ、腕を上げていった。

京都大学で書道部に入ると、これまで馴染んでいたものとは異なる筆、墨、紙、そして書き方を知り、また荒地派などの現代詩の言葉や前衛書に出合いカルチャーショックを受けた。

卒業してからは会社勤めの傍ら書に打ち込み、33歳の時に退路を断って会社を辞め、本格的な書の探求の道が始まった。

 

石川さんが独自に確立した概念が「筆蝕(ひっしょく)」だ。

手で書く際の筆に入る力具合、その深さ、速度、角度が文字のあり方を決めることを指し、「書きぶり」とも言い換えられる。

▲二〇〇一年九月十一日晴ー垂直線と水平線の物語Ⅰ(中)

2001年9月11日、アメリカの世界貿易センタービルに飛行機が突入する姿に衝撃を受けて描いた書作品。この出来事以降、現代社会を主題とする批評的な詩文を書き下ろし、書として発表する手法を取り入れるようになった

 

そこには書き手の感情や思考、生き方までもが色濃く浸み出るという。

「筆の先端が紙に対してどう接するかによって触覚のドラマが生まれます。何が書いてあるかではなく『どのように書いているか』という過程をなぞり、そのドラマを見ることこそが書を味わうということなのです」

 

パソコンやスマホが普及し、手で字を書く肉筆の文化が急速に廃れつつある現代。

政治家らの言葉は軽くなり、フェイクニュースが幅を利かせる。

「皆、思念が自分の心の奥底から湧かずに、適切な言葉を作り上げることができず、既成の流行語を送受信しているだけ。手書きを復権させないと、文明そのものが本当に危機的な状況を迎えてしまう」。

正しい世の中を導くものは書だと信じて疑わない。

膨大な数の作品を生み出し続けながら、まだまだ歩みに衰えは見えない。

 

「一つの仕事をやり切った後も、まだ見ていない次なる新しい書の表現が生まれそうな、かすかな手ごたえを感じる。それに導かれながら、飽くことなくどこまでも考え続け、書き続けていきたいですね」

 

 

石川 九楊(いしかわ きゅうよう)

1945年、現在の越前市今立地区生まれ。
武生三中、藤島高を経て、京都大学法学部卒業。
号は、師である書家・垣内揚石氏と九頭竜川の一字を由来とする。
「石川書字学」を確立し、評論家としても活躍。
著書は100冊を超え、「近代書史」の大佛次郎賞(2009年)など数々の受賞歴を誇る。
京都精華大学客員教授

 

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writer : ふーぽ編集部

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