グラフィックデザイナーの左合ひとみさんが考える、地域の素晴らしさを伝える地産デザインの可能性とは。【デザインコネクト・レクチャー】

グラフィックデザイナーの左合ひとみさんが考える、地域の素晴らしさを伝える地産デザインの可能性とは。【デザインコネクト・レクチャー】

こんにちは、ふーぽ編集部です。

第一線で活躍する講師と一緒に、新しい時代を切り拓くためのデザインのあり方を考えていく、デザインセンターふくい(公益財団法人ふくい産業支援センター デザイン振興部)主催の「DESIGN CONNECT LECTURE(デザインコネクト・レクチャー)」。

 

ニューノーマルな暮らしへの探求 ―ウィズコロナ時代に必要なデザインとは―」を大きなテーマに掲げた、全4回の講座(レクチャー)内容をひとつずつ紹介していきます。

デザインコネクトレクチャーの詳細はこちら

建築家・小堀哲夫さんのレクチャー内容はこちら

 

今回は、グラフィックデザイナー・左合ひとみさんのレクチャーをお届けします。

 

 レクチャーテーマ 
【LECTURE THEME】

地産デザイン 地域の素晴らしさを伝える術

 

講師プロフィール
左合ひとみ 氏 株式会社左合ひとみデザイン室/グラフィックデザイナー

企業と顧客のコミュニケーションをデザインすることによる問題解決と新しい価値の創出を目指し、幅広い領域で活動。地域産業活性化のプロジェクトも多く手掛ける。
公益社団法人日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)運営委員、地産デザイン委員会委員長、デザインセンターふくい主催 福井デザインアカデミー「ブランディング&商品開発講座」講師を務める。


多視点で行うものづくり、これからの地産デザインの可能性について語ってもらいました。

 

 

地で産したものを地でデザインする「地産デザイン」

「地産デザイン」とは、“地で産したものを地でデザインする”という活動です。

JAGDA(公益社団法人 日本グラフィックデザイナー協会)の委員会活動として2008年にスタートしました。

 

地元デザイナーと地域の事業主、行政の人も含め、身近なところで同じDNAを有する人同士が出会い、商品開発やブランディングに取り組むワークショップを通して、地域の活性化とデザイナーのスキルアップを図ることを目的としています

 

また、外部から私たちのようなファシリテーターが参加し、客観的な視点で地域を見つめることで、地元の人たちだけでは気付かない魅力の再発見というのも含めて行っています

 

地産デザインプロジェクトのプロセスは5段階に分けられます。

【地産デザインプロジェクトのプロセス】

1:事業主の意志、地域の特性、歴史的背景などを共有し、商品の本質(価値・問題点)を把握
2:ターゲットを決定し、商品の背景となる市場を調査
3:コンセプトを明文化
4:ネーミング・ロゴ・パッケージのデザインを開発
5:伝えるためのプロモーションや販路を考案

 

通常、3段階目(コンセプトの明文化)までは事業主の方で行っていて、4段階目(デザイン開発)からデザイナーが関わるというケースが多いかもしれません。

ですが、「地産デザイン」では第1段階の商品の本質を把握するところから、第5段階のプロモーションや販路を考えるところまで全てを行います

 

今回は、鳥取県での2つの事例を紹介していきます。

 

 

【地産デザインの事例1】水産品を新しい調味料に

鳥取県鳥取市の水産加工販売会社・つづお食品での事例です。

このプロジェクトでは、全国的に珍しい地元の伝統食「ぬかえびの魚醤」を、価値ある商品として世の中に届けることをテーマに取り組みました。

メンバーには、事業主、地元デザイナー、市役所職員、JAGDAのファシリテーター等が集まりました。

 

プロセス1
事業主の意志、地域の特性、歴史的背景などを共有し、商品の本質(価値・問題点)を把握

 

 

「ぬかえびの魚醤」は、山陰海岸ジオパークに位置する汽水湖・湖山池で、春先の数週間にだけ獲れる希少なぬかえびを使った調味料です。

素材を海水塩で数カ月寝かせる手間暇をかけた製法で作られます。

 

地元では古くから親しまれてきましたが、塩辛のように味が濃く、他の地域ではなじみがないものでした。

そのため、「広めるためにはもっと日常に使いやすいかたちにしようという」ところから、パウダー状にするアイデアが出ました

 

 

魚醤を炒ってパウダー状にすることで、えびの風味がきいたまろやかな調味料に生まれ変わりました

 

商品のストーリーを組み立てる上で参考にしたのが、幕末に書かれた『無駄安留記(むだあるき)』という文献です。


湖山池でぬかえび漁が昔から行われていたことや、周辺一帯を「霞ノ郷」と表現する記述が見つかりました

また、この書体がロゴデザインのヒントにもなっていきました

 

プロセス2
ターゲットを決定し、商品の背景となる市場を調査


ターゲットは“新しいものに敏感で食への関心が強い人”と定め、新宿伊勢丹などの百貨店を利用する30代以上の女性に絞っていきました。

市場調査も行い、首都圏の百貨店や高級スーパーの塩売り場に置くのが良いのではという意見にまとまりました。

 

 

プロセス3
コンセプトを明文化

ワークショップを重ねて設定した商品コンセプトがこちらです。

【商品コンセプト】

春、霞がかった湖山池で
その時期にだけ獲れる希少なぬかえびを
海水塩でねかせた伝統食品「ぬかえびの魚醤」。
現代の料理に使いやすい「干し塩」に仕立て
上質で新しい味を求める女性たちにお届けします。

 

 

プロセス4
ネーミング・ロゴ・パッケージのデザインを開発

コンセプトをもとに、ロゴとパッケージデザインを考えていきました。


「えびノ干シ塩」という分かりやすくシンプルなネーミング
を、先ほどの『無駄安留記』の書体の雰囲気を生かした歴史と伝統を感じるラベルに仕立てました

落款の入れ方などのバリエーションを多く製作して検証を重ね、ギフト需要も見越して、干し塩を透明なビンに入れ、木箱に納めるスタイルにまとめました

 

プロセス5
伝えるためのプロモーションや販路を考案

料理ブロガーなどの著名な方に協力を依頼したり、モニターにサンプルを配布してアンケートをとったりと地道にアピールした結果、ターゲットにしていた30代以上の女性を中心に支持を得ることができました

現在はネットショップや鳥取県の砂の美術館、地元百貨店などで販売され、プロの料理人からも好評の商品となっています。

 

地元で愛されてきたものをもっと広く伝えるためにはどうすべきか皆で考え、ひとつの商品に仕立て、評価を得られたことはとても良かったと思っています。

 

 

【地産デザインの事例2】農産物を新しいビールに

続いては鳥取県鹿野町のあかり本願衆という、地元商工会青年部を母体とする団体と行ったプロジェクトです。

ワークショップには、のちの起業も見据えて地元の銀行員にも参加してもらいました。

 

プロセス1
事業主の意志、地域の特性、歴史的背景などを共有し、商品の本質(価値・問題点)を把握

若者の地元離れが進む中、若い人たちに地元を魅力的に発信したいという想いのもと、イベントで評判の良い「生姜味のビール」を地産原料で製造し、ビールによるまちおこしを実現しようと取り組み始めました。


原料となったのは、山陰海岸ジオパークの日光池付近で栽培され、鳥取県の特別栽培農産物にも指定されている日光生姜です。

戦国時代に鹿野を治めていた亀井茲矩公が、貿易で生姜を持ち帰ったことが起源とされています。

 


収穫された生姜は、山肌に開けられた「生姜穴」と呼ばれる洞窟のような貯蔵庫で半年ほど保管されます。

このように長く伝統的な製法が守られてきたという背景を持つ日光生姜を使い、ビールの試作を始めました。

 

プロセス2
ターゲットを決定し、商品の背景となる市場を調査

ターゲットについて、試作当初は、ビールをそこまで飲んでいないビギナーや、生姜の健康面を押し出して女性向けにするのはどうだろうといった意見が出ていました。

しかし、試作を重ねて味わいが良くなっていく中で、健康意識の高い女性を中心に、ビギナーだけでなくビール好きの人にも気に入ってもらえるだろうと、ターゲット設定が柔軟に変わっていきました


市場については、あくまでも地元で愛されるものを目指したことから、地元のスーパーや量販店のビール売場に並ぶことを想定しました。

 

プロセス3
コンセプトを明文化

コンセプトは以下のように決まりました。

《商品コンセプト》

生姜穴でじっくり熟成させた日光生姜という
ここ鳥取にしかない自然の恵みと香りを味わえる
身体にもうれしいクラフトビール。
地元のビールビギナーから、女性を中心とした
ビール好きの方々にお届けします。


男性は特定のビール銘柄の固定ファンも多いため、新しいものを手に取ってもらいやすい女性をメインターゲットに据えることになりました。

 

 

プロセス4
ネーミング・ロゴ・パッケージのデザインを開発

 

ネーミングは、ほんのりとブラウンに染まったビールの色にもとづいて「ジンジャーブラウンエール」としました

ラベルデザインは、生姜穴に生姜を運び込む男性のモチーフのアイデアをもとに、実際にビール売場にも並べて検証しながら、王道のビールメーカーとは異なる、クラフトビールらしい個性を出したデザインを意識して考えていきました。


地元の人に愛されるものにしたいという思いから、「TOTTORI」という文字をしっかりと立てたものに仕上げました

 

 

プロセス5
伝えるためのプロモーションや販路を考案

商品ができあがったタイミングで、事例1の「海老ノ干シ塩」とともに、鳥取市内でメディアの方々を集めた発表会を行いました。


本当においしいビールで、発売直後には品切れを起こすほどの人気ぶりでした。

 

依頼主である鹿児嶋さんがビール醸造のために「株式会社 AKARI BREWING」を立ち上げる際には、プロジェクトに地元銀行員が参加していたこともあり、スムーズに融資を受けることができました

 


地産デザインは、プロジェクトチームのメンバー全員が一から関わりながら進めるので、デザイン開発の段階で正しいか間違っているかの方向性を見極めやすくなります

 

また、複数のデザイナーや事業主、行政、ファシリテーターといろいろな視点からの意見が集まるので、お互いに学びあうことができ、事業主や行政の方にデザインの重要性を感じてもらう機会にもなります

 

 

今やれることを考えて動き出そう

地産デザインは、今の時代まさに求められていることだと感じています。

地で産し、地でデザインし、地で消費するという「地産地消」に立ち戻る一方、オンラインで地域の外にも出していく。

その両方をバランスよく行うことが重要です。

 

新型コロナウイルスの流行が治まるまで待っているのではなく、変えるべきところは変え、今やれることを考えて動きだしましょう

世の中に何が求められているのか、何をしたら喜ばれるかを考え、望まれているものを作り、しっかりと想いをのせて届けることが大切です。

左合さんがブランディングを手がけた、もみじまんじゅうの老舗「藤い屋」のパッケージ。「変わらないために変わる」をコンセプトに掲げ、絶えることなく​流れる水を描いた流水紋は、未来永劫を意​味する縁起の良い紋様でもある

藤い屋は現在、工場併設のベーカリーや、小麦や小豆などのお菓子の原材料を栽培するなど、時代に寄り添った変化を遂げている

 

事業主さんは、ぜひ商品開発の段階からデザイナーと一緒に取り組んでみてはいかがでしょうか

商品開発、ロゴ・パッケージデザイン、プロモーションと、コミュニケーションを深めながら進めていくことで、より良いものが生み出されるはずです

 

 

画像協力:公益社団法人日本グラフィックデザイナー協会 地産デザイン委員会

※掲載内容に誤りや修正などがありましたら、こちらからご連絡いただけると幸いです。

※本記事の情報は取材時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。最新情報はお電話等で直接取材先へご確認ください。

ふーぽ編集部
writer : ふーぽ編集部

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