発酵デザイナー小倉ヒラクの《ほくりく発酵ツーリズム》-第8回-水とお酢の物語(福井県若狭編)

発酵デザイナー小倉ヒラクの《ほくりく発酵ツーリズム》-第8回-水とお酢の物語(福井県若狭編)

ふーぽ読者のみなさん、こんにちは。
発酵デザイナーの小倉ヒラクです。

福井新聞社が発行するローカルライフマガジン「月刊fu」で連載中の《ほくりく発酵ツーリズム》を、ふーぽでもお届けしていきます。

福井県をはじめ、石川・富山を含めた“北陸”の発酵文化を紹介します。

発酵から北陸の歴史や気候風土を読み解いていきましょう!

 

発酵デザイナー 小倉ヒラク

1983年東京都生まれ、山梨県在住。文化人類学と発酵学を独自に融合させた「発酵文化人類学」を展開し、「発酵デザイナー」の肩書で微生物研究や食文化の普及に取り組む。著書『発酵文化人類学』『日本発酵紀行』。金津創作の森美術館(福井県あわら市)で北陸の発酵食文化を紐解く展覧会「Fermentation Tourism Hokuriku ~発酵から辿る北陸、海の道」2022年9月17日(土)~12月4日(日)を開催予定。

展覧会詳細は金津創作の森美術館HPまで。

 

お水送りとお水取り

ちょっと前のこと。

奈良の東大寺を訪れた時に、近畿の冬の風物詩である「お水取り」のことを知りました。

 

東大寺境内の二月堂で3月の2週間に渡って行われる「修二(しゅにえ)会」は、寺の僧たちが総出で松明を持って世界の平和を願い続けるというハードな儀式。

その一行事が「お水取り」です。

 

二月堂の前にある井戸から水を汲んで、観音菩薩にお供えします。

この井戸は「若狭井」という福井県の若狭・小浜地方に由来します。

奈良時代、修二会が始まった頃、全世界の平和を願うために、仏教だけでなく神道はじめありとあらゆる神さまに協力の打診がありました。

そのなかで一人、呼び出しに遅刻したのが「遠敷(おにゅう)明神」。

釣りに夢中でうっかり遅れてしまったことをお詫びするために「じゃあ僕の住んでる国のおいしい水を送るね!」と遠敷明神が合図をすると、お堂の前から若狭の水が吹き出した…! という伝説が「お水取り」の起源です。


実は小浜市ではこの「お水取り」とセットになっている行事があります。

修二会に先立つこと10日ほど前に、奈良に水を送る「お水送り」という儀式が、鵜(う)の瀬井戸付近の河辺で行われるのですね(僕も今年参加できそうです。楽しみ…! )

遠敷明神のこのエピソードからわかるように、若狭国は古来からおいしい水が湧き出す水の国、そして海の幸はじめおいしい食材が都に送られる御食国(みけつくに)でもあったのですね。

若狭・小浜のうつくしい水

 

驚きの古典的お酢づくり

お水送りが行われる鵜の瀬からほど近くに、「とば屋酢店」というこぢんまりしたお酢の蔵があります。

このとば屋さん、全国のお酢メーカーをあちこち訪ねてきた僕もびっくり! の超古典的なお酢づくりを継承しています。

 

もみ殻のなかに仕込み甕を埋めて、そのなかでじっくりと酢酸発酵を行う、古代中国のようなスタイル。

酢酸菌を働かせるためには温かい環境が必要なので、寒い環境でも温度と熱を保つために生まれた工夫なのでしょう。

 

もみ殻のなかに甕(かめ)を埋めるクラシックスタイル

 

小浜の海にほど近い土地で、300年以上お酢造りを続けている、北陸でもかなり老舗のとば屋さん。

魚介を漬けるためのお酢の需要があり、海のほど近くできれいな淡水が湧いているこの土地がお酢づくりに向いていたとのこと。

確かに海のすぐ近くに質の良い淡水が湧いている立地条件はなかなかレア…!

 

日本における伝統的なお酢造りは、まずお酒造りから始まります。

質の良いお酢のためには良く発酵したアルコール液(つまり日本酒)が必要。

このアルコールが酢酸菌によって分解されてお酢の酸が生まれます。

このアルコール→酢酸のバトンリレー式発酵がうまくいくには、適度に栄養成分があり、雑駁(ばく)物が少ない良い水が不可欠。

御食国名物の豊かな魚介の美味しさをさらに引き出すのは、遠敷明神自慢のきれいな水で醸されたお酢! というわけなんですね。

 

米と水だけで醸した、とば屋酢店のお酢。

キリッとした酸味とまろやかな余韻が美しい逸品です。

 

釣り好きの遠敷明神、豊漁の魚をお酢に漬けて、酒の肴に楽しんでいたらうっかり修二会に遅刻してしまったとさ…。

 



いかがでしたか。

北陸の発酵文化を訪ねる《ほくりく発酵ツーリズム》

次回もお楽しみに!

【連載】ほくりく発酵ツーリズム
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