おふくろの味、ふるさとの味、なんて言葉を耳にしたとき皆さんはなにを頭に思い浮かべるだろうか。
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今から30年以上前のこと。
若者向けの情報誌で働いていた友人から「読者世代の懐かしい母の味を探訪する連載企画に協力してほしい」とお願いされた。
わざわざ福井まで行って、うちの母親の手料理を取材してくれるそうだ。
早速、母に相談すると「いいよ」と二つ返事でOKしてくれた。
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数週間後、送られてきた掲載誌を見て驚いた。
そこにあったのは僕が食べた覚えのない料理だった。
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「ぼっかけ」。
福井の人には説明する必要もないだろうけど、誌面で紹介されていたのは「ぼっかけ」という根菜と厚揚げ、こんにゃくを鰹出汁で煮込んだ料理だ。
ごはんにぶっかけて食べるらしい。
うちの実家のある坂井市では古くからある郷土料理だそうだが、はて?
僕は食べた記憶がないし名前も初耳だった。
母親に電話してみると
「どうやった? せっかくだから福井らしい料理にしてみたんやけど。
タカノブはあんまり好きじゃないと思って、出したことはないんやけどの」
と、いたずらっぽく笑った。
さすが編集者の母。
企画の意図をよく理解している(笑)。
それからしばらくして帰省したとき、その「ぼっかけ」を頼んでつくってもらい食べた。
不思議なことに初めてなのによく知ってる味だった。
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先日、僕の誕生日に息子と娘がわが家に帰ってきた。
晩ごはんどうしようかと尋ねると、ふたりともひさしぶりに僕のカレーが食べたいという。
子供たちが小さな頃から繰り返し繰り返し作り続けているスパイスから作るチキンカレー。
わが家の場合はおふくろの味ならぬ、父の味。
それがきっとこのカレーである。
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鉄製の鍋を火にかけて油を注いだら、ホールのままのカルダモンとクローブを数粒ずつ加えてまずはぷっくりと膨らんで香りが立つまで加熱する。
たっぷりの刻み玉ねぎをその油できつね色になるまでじっくりと炒めたら、トマトと、数種類のスパイスを加えてさらに水分がなくなってペースト状になるまで炒めるのだ。
この「炒める」が肝心。
カレーは鍋料理にあらず、炒め料理なのである。
その後、水、そして手羽元をどっさりと加えてぐつぐつと煮込む。
最後にココナッツミルクを加え、塩で味を整えたら完成。
たっぷりこしらえて、彼らが帰る時に容器に詰めて持たせるのが恒例だ。
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ところで最近知ったのだけど、付き合ってはいけない男は「3C」といわれているそうだ。
クリエイター、スパイスからカレーをつくる男、そしてカメラマン。
カメラマンとは名乗らないけれど、まあ撮影も仕事の一環の自称クリエイターの僕。
危険な男かもしれない・・。