郷土愛から生まれた記録の地層。【生活芸人・田中佑典のふくい微事記~敦賀市白木編~】

郷土愛から生まれた記録の地層。【生活芸人・田中佑典のふくい微事記~敦賀市白木編~】

こんにちは、生活芸人の田中佑典です。

 

往復約900km。福井県を徒歩で横断する「微遍路(びへんろ)を終え、歩んだ道のりをもとに「微住街道」をマッピング。

街道の途中で出合った出来事を「微事記」として記し紹介します。

今回は【敦賀市白木編】です。

【⇒過去の記事一覧はこちらから


田中 佑典
さん

台湾と日本をつなぐプロデューサー。
一定期間地域に滞在し、“ゆるさと”づくりをする旅『微住』の提唱人。
2021年東京から福井市にUターン。
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郷土愛から生まれた記録の地層。

地域の名前や住所に隠された先代からのメッセージは、その村や町の成り立ちを知る重要な手がかりとなる。

敦賀市内に入り、気比の松原から敦賀半島へ。

「沓(くつ)」「手」といった不思議な1文字の地区を抜け、敦賀湾に浮かぶ水島を横目に半島の右側の先端に向かうと、原子力発電所がある。

そこから全長4キロの敦賀半島トンネルの中を歩く。

おそらく微遍路の中でも最長だったこのトンネルを抜けると、「白木(しらき)」という小さな漁村にたどり着いた。

 

朝鮮半島から「都怒我阿羅斯等(ツヌガアラシト)」が渡来したことにちなんで名付けられたといわれる「敦賀」は、大陸や朝鮮半島との結びつきが深い

白木という地名も、かつてこの地に渡来した新羅(しらぎ)の人々によって名付けられたそうだ。

道路整備前は陸の孤島と呼ばれていた白木地区


この村で生まれ育ち、現在93歳になる橋本昭三(はしもとしょうぞう)さんは、20歳の頃から73年間、村での出来事や敦賀半島各地の成り立ちと歴史、そして原発問題など、あらゆる分野について、自らの目と耳で収集し、和紙に墨書してきた。

話題が途切れない橋本さん、貴重なお話ばかり


これまで約6万枚を超える書を残し、今も日々書き続けている。

その和紙の束はまさに記録の地層そのもの。

中には全国的にも珍しい産小屋という習俗や、縄文土器が見つかっている「あいの神の森」という聖域のこと、山陰地方の尼子一族との交流によって敦賀半島・立石の漁業が発展したことなど、知られざる貴重な話が記されている。

書き続けている墨書はまさに記録の地層のよう


橋本さんはこれまで白木の区長や敦賀市議会議員を務めたが、どんなことがあっても決してその筆を止めることはなかった。

「歴史や郷土文化は残さなければ消えてしまう。苦労してきた先祖に感謝し、ふるさとを愛する一心で書いてきました。この記録が必ず次世代の誰かの役に立つと信じています。今後は7万枚を目指していますよ」と話してくれた橋本さん。

その孤高の郷土愛は福井の生きる宝。

次世代の僕らがその精神を受け継いでいきたい。

墨書の一部をもとに出版された『白木の里』

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