デジタル時代に“てがき”の魅力を再発見。福井ゆかりの小説家・画家・建築士が語る創作と愛用文具

デジタル時代に“てがき”の魅力を再発見。福井ゆかりの小説家・画家・建築士が語る創作と愛用文具

デジタル全盛期の中で注目されているのが、「てがき」の良さや味わいです。

手を動かす楽しさ、紙に残す喜び…。今こそ、その魅力を再発見しませんか。

今回は、福井にゆかりのある小説家、画家、建築家、それぞれが愛用する道具と「かくこと」への思いを伺いました。

福井出身の小説家 谷崎由依さん

本誌連載「ママならない日々。」でおなじみの作家、谷崎由依さんのご自宅へ。万年筆で行っているのは最新刊の確認作業

谷崎由依

福井市出身、京都府在住。京都大学大学院文学研究科修士課程修了。近畿大学文芸学部准教授。著書に『鏡のなかのアジア』『遠の眠りの』など

最新刊『百日と無限の夜』の再校ゲラ。「ゲラ」とは出版社に送った原稿を、本の体裁に組んだ状態。黒字は校正者の指摘で、赤字は谷崎さんがチェックしたもの。万年筆は「パイロット」のカヴァリエ

文具は創作の伴走者。

今秋、翻訳書『キャンディハウス』と小説『百日と無限の夜』を2冊続けて上梓した谷崎由依さん。

「校正作業では手元の万年筆にもずいぶん助けられました」と最終のゲラを見せてくれました。

校正者が入れた誤字や脱字、事実確認などの指摘を一つ一つチェックして赤字を書き入れる。

万年筆はペン先がしなって柔らかい分、圧倒的に手が疲れないのだそうです。

この作業で「自分の内なる場所で生まれた物語がいろんな人の目を通してどんどん外に開かれていく」と言い、直していくうちに新しい視点が生まれることも。

「パソコンに原稿を打ち込む時は内に籠(こも)っていく感覚なので、アイデアが降ってくるのは断然手で書いている時。体を動かしているせいか、どこか楽観的になれたりもします」

大学の予定などをメモする「能率手帳」。モレスキンのノートには、作品ごとに付せんをつけたアイデアがぎっしりと

谷崎さんが紡いできた物語もまた、長年書き溜めた「モレスキン」のノートから広がっていったといいます。

高校時代は心の機微や足羽川沿いの景色のこと、デビュー後は作品用のメモや好きな文章、詩などを書き綴っています。

作品の構想を練る時は、パラパラめくりながらピンときた箇所に印をつけ、切ってつなぎ合わせて話を膨らませます。

アナログな方法だが、直感的にアイデアを結びつけることで作品の世界が広がり、奥行きが深まっていくのだとか。

 

『百日と無限の夜』の中で、切迫早産で長期入院中の主人公が自身を重ねた能作品『隅田川』も、谷崎さんの観劇時のメモが生かされています。

「自分が感じた気持ちや情景を手元に残してあるという安心感は、創作の上でも大きいですね。時間が経てば、タイムカプセルを開けた時のような新鮮な見方ができることも手書きの魅力だと思います」

忘れられなくて書い直した「ペリカン」の「M400ホワイトトータスEF」。ケースや文鎮は革作家カンダミサコさんの作品

昔から万年筆やレターセットをコツコツと集めてきたという筋金入りの文具好き。

万年筆は引っ越しで一度失くしてしまったものの、最近少しずつ買い戻しているそう。

ノートや校正には「パイロット」の細字、あて名書きには「ペリカン」を使い分けます。

京都で出合ったガラスペンは、はからずも福井のガラス工房「スタジオ嘉硝」のもの

「深海」という名のインクでさらさらと添え状を書いていくのは、「月刊fu」6月号エッセーにも登場した海色のガラスペンです。

「作家同士で一筆添えながら献本を送り合えるのは、紙の本ならではの楽しみ。過去に文通していた方もいるので、当時のやりとりを思い出して懐かしい気持ちにさせてくれます。実は筆不精なのですが、今回はお気に入りのペンでたくさん書きたいですね」と目を輝かせてほほ笑みました。

 

福井在住の水彩画家 naw(なう)さん

管理栄養士の資格を持つnawさん。絵は独学。全国の生産者から仕入れた季節の野菜や果実を描くワークショップも行います。

naw

越前市在住の水彩画家。ファブリックメーカーでの企画・運営担当後、現在はWEBデザイナーとして働く傍ら、作家活動を行っている。12/6~8、13~15は古民家35(福井市)で個展を開催
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ひと筆ひと筆、祈りを込めて。

ある日は、カフェのカウンターで。またある日は旅先の宿で。

おいしい食事や心に響いた景色を、その場所の空気感と共に水彩画で描き出します。

子どもの頃から、「常に自由帳を持ち歩くほど絵を描くことが好き」というnaw(なう)さんが、今のスタイルで絵を描き始めたのは昨年の初め頃。

精神的に不安定で、自分の世界に閉じこもっていた時期だったと振り返ります。

「このままじゃダメだと思い、とにかくまずはカフェに行って、店やお客さんを手当たり次第にスケッチする日々でした。最初はタブレットに描いていたのですが、“カタチにして残したい”という思いが強くなり、水彩絵の具のパレットを作って紙に描くようになりました」。

 

“残す”にこだわる理由には、自身の病気のこともあります。

「生まれつき目に障害があり、将来視力を失うかもしれないと言われています。いずれ終わりがくるかもしれない…だからこそ、今見ているものを書き残しておきたいと思ったんです」。

1日1枚でも自分の手を動かし、色を選び、筆を走らせる。

集中して取り組むことで心を整理でき、不安も落ち着いていくといいます。

絵はノートに描き溜めたり、額装してインテリアにしたり。個展では購入もできます

おいしいものが好きなnawさんの絵のモチーフの多くは、実際に味わったもの。

「この部分が潤っていたな」など口にした時の感覚を思い出しながら色や光をのせていきます。

 

シャープペンシルで大まかに形をとらえ、凸凹や曲線などを肉付けし、油性ボールペンでなぞる。

薄い色で下塗りをしたら色を重ねて深みを出し、濃い色で立体感や影をつけます。

1軍の文房具。チューブ式絵の具を「ハーフパン」という小さいトレーに出して固め、好きな缶に敷き詰めます。中央にあるロットリングのペンは「思いきって買った」という1本。文字用の筆記具は「ユニボール ワン」が好み

絵の具は「サクラマット水彩」を使用。

細さが違う「ステッドラー」の水筆は、中に水を入れる仕組みなので出先でも水彩画が描ける優れもの。

ノートは、絵の具のざらっとした手触りが残る「ターレンス」の「アートクリエーションスケッチブック」。

下絵用の筆記具には、製図用である「ロットリング」のペンがお気に入り。

油性ボールペンなのでにじみにくく、ヘッドに重みがあり真っ直ぐな線が引きやすいのだとか。

それらすべてを小さなバッグに入れて持ち運び、旅をするように絵を描いています。

左は富山ひとり旅で描いた旅の絵日記。いずれ小冊子にまとめる予定だそう。右は普段使う「ターレンス」のノート。店でゆっくり過ごしながら1時間ほどかけて描きます

「お店の人と話したり、空間を感じたりすることが好きなので、なるべくその場で描かせてもらっています」とnawさん。

『うまく描こう』というよりも、店の思いやおいしいものを『絵に込めたい』と願います。

「満足いくものが描けたときは、もうニッコニコですね」。

目を細める彼女の手のひらの上で、その絵もまたいきいきと笑っているように見えました。

 

福井在住の一級建築士 野路敏之さん

最近の日課は朝のスケッチ。「まずは真似から」という建築の恩師の言葉を思い出し、好きな建築や写真共有アプリで目に留まった風景などを模写しています

野路敏之

永平寺町在住。一級建築士。大手ハウスメーカーや地元工務店勤務後、2018年に野路建築設計事務所設立。第11回ふくい建築賞優秀賞「横越の家」(2024) 
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手帳は「NOLTY」を使用。最近は「ジェットストリーム×karimoku」のペンがお気に入り

余白から生まれる家づくり。

デジタル化が著しい建築設計業界だが、野路敏之さんの家づくりは手書きから始まります。

まずは、土地を下見して「この方向の景色や光を生かしたい」などのイメージを手帳に書きつけていく。

次に、手描きで立体的に描き起こし、間取りや建具、陰影や庭などを細かく加えたものをラフプランとして提案します。

それは設計図でありながらデッサンに近く、これから始まる物語の1ページのよう。

 

「手で描く線の温かみが、そこに生まれる暮らしを想像させてくれるのかもしれません。まずは『こんな暮らしだったら楽しそう』と思ってもらいたくて」と野路さん。

また、「自然の木に直線はない」ことから、野路さんの設計の持ち味である無垢材の建築には、有機的な手描きの線がしっくりくるのだとも。

シャープペンシルは「ステッドラー」。スケッチには「パイロット」のドローイングペンを使用

元々文具好きで、若いころは見た目重視で選んでいたが、今では本当に手になじむものが筆箱に収まっています。

主に使うのは学生時代から愛用する「トンボ鉛筆」のほか、細かい描き込みに使う製図用のシャープペンシルなど。

手帳は特注した革のカバーをかけて、建築のことや心に残った言葉などを感じたままに綴っているそう。

 

そんな野路さんが「かく」ときに大切にしているのは、「消さない」こと。

思考の跡や間違えた線が、新しいヒントにつながるといいます。

「0から1を生み出すのが設計の醍醐味。最終的な実務作業はデジタルに頼る部分もありますが、自由にアイデアを広げていくのは、いつも手で描く線からなんです」。

その揺らぎや余白から、人と家の豊かな物語が紡がれていくのでしょう。

※掲載内容に誤りや修正などがありましたら、こちらからご連絡いただけると幸いです。

※本記事の情報は取材時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。最新情報はお電話等で直接取材先へご確認ください。

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