【『美味しんぼ』海原雄山のモデル】 北大路魯山人の展覧会が福井市美術館で開催中。かの「美食倶楽部」を彩ったうつわの数々は、必見です。

【『美味しんぼ』海原雄山のモデル】 北大路魯山人の展覧会が福井市美術館で開催中。かの「美食倶楽部」を彩ったうつわの数々は、必見です。

こんにちは、ふーぽ編集部の雪森です。

北大路魯山人といえば、稀代の〝美食家”
そんなイメージを思い浮かべる人も多いことでしょう。

かつてはマンガ「美味しんぼ」のラスボス・海原雄山のモデルになったことでも知られ、強烈な個性と高い美意識の赴くままに、書・篆刻・絵画、そして食の世界で活躍しました。

没後半世紀以上も経った今でも、彼の名は色あせることなく、各界の多くの人たちに影響を与えています。


また、魯山人が生涯手掛けた器は30万点ともいわれており、実に多作。現在でも美術市場で高い人気を保つ彼の器の魅力とは、いったい何なのか?


現在福井市美術館で開催中の「北大路魯山人展」では、「生活の中の雅と美」をテーマに、魯山人自ら制作に携わった陶磁器の作品を中心に95点が展示されています。


そんな「巨匠」の正体を知るべく、会場に足を運んでみました!

幕間をくぐると、壁面がゆるやかなカーブを描くモダンな展示空間が広がります。

まず目に飛び込んできたのは、こちらの作品。

およそ寿司桶ほどもある大きな「九谷風鉢」

学芸員の鈴木麻紀子さんによると、魯山人のうつわは全体的に「ちょっと大きめ」とのこと。
盛り付けに「余白の美」を大切にした、彼の美意識が写しこまれているようです。

魯山人が陶芸を始めたのは40歳を過ぎてからと、遅めのスタートだったようですが、九谷焼の名工、須田菁華との出会いから、陶芸の世界にのめりこんでいったようです。


九谷らしい色使いですが、よくよく見ると、へりがゆるやかに歪んでいます。
織部風の「沓形」といったところでしょうか? 伝統のなかにモダンな薫りが漂っています。

ほかにも魯山人のセンスを感じさせる作品がコチラ。「そめつけ竹鉢」「そめつけ向付」。

シンプルな染付の陶器ですが、竹の描き方や間合いの取り方が絶妙で(やるね!)と思わずうなってしまいました。

また、彼の達筆さを感じさせる作品も。
「福」の字をさまざまに書き分けたお皿は見ているだけでも楽しい。

さらに一目惚れしてしまったのが、市松文様を組み合わせた洒脱な「染付菓子皿」。
デザイン性にあふれた可愛らしい模様。ショートケーキやロールケーキなど、洋菓子も映えそうです。

モダンといったらこんな作品も。「九谷風龍安寺平向」。
焼き締めの肌に、中国風模様の赤絵がハーフ&ハーフ。

現代作家の作品かとみまがうような、明るさ、そして突き抜け感に目を奪われます。

また、展示会場の壁面にはところどころに刻まれている魯山人の含蓄に富む言葉も今回の展覧会の見ものですよ。

「食器は料理の着物である」

上から海原雄山、じゃなくて魯山人の声が聴こえてくるようです。

ここでざっくりと、北大路魯山人の生涯&人柄をおさらいしましょう。

無遠慮で気難しく偏屈、口を開けば悪口ばかりの毒舌家といわれた魯山人。
そんな人格形成のもととなったのが、複雑で不幸な生い立ちでした。

北大路魯山人は1883年(明治16年)、京都・上賀茂神社の社家、北大路家に生まれました。
本名は房次郎。出生と同時に里子に出され、その後も点々と養家が変わり、親の愛情に飢えた幼少時代を送りました。

尋常小学校を上がる頃、なんとか養家から良い待遇が受けられるよう自ら食事係を買って出、三度の食事を手掛けるようになったことが、彼の料理人生の発端となりました(せつなすぎる・・・)。

また魯山人は早くから書の才能に目覚め、10代半ばに小遣い稼ぎのために書の懸賞に応募したところ、立て続けに優秀作に選ばれます。

その後二十歳で上京し、書家としての生活がスタート。
書を学ぶため朝鮮へ3年留学するなど、芸術への造形を深め、やがて世にその名が響くようになります。

大きな転機が37歳の時。友人と古美術骨董商を開くと、店が扱う器に自らがこしらえた料理を盛り付けてふるまうようになったのです。
これがかの有名な「美食倶楽部」のはじまり。政財界の大物がこぞって集まるようになり、一時期は会員数が200名にも膨れ上がったのだとか。

戦後は「星岡茶寮」を開きますが、増加する会員数に伴い大量の器が必要になったため、各地から職人を招いて「星岡窯」を設置。ますます器の制作にのめりこんでいきます。

美を厳しく追及する媚びない姿勢や、ずんぐりとした大きな風貌、そしてずばり痛いところを突く眼識で、周囲から恐れられ、衝突することも多々あったのだそう。

76歳で生涯を閉じるまで、重要無形文化財(人間国宝)の打診が二度もあったのですが 「作家は作品がすべて。勲章なんてアクセサリーはいらない」と固辞しました。

 

高い美意識と強烈なカリスマ性。
ここでは紹介できないプライベートな話も展示パネルで紹介されていますが、天衣無縫な魯山人のキャラクターはどこか憎めず、今でも熱烈なファンがいるほど。

彼自身の内側を覗くように作品を眺めてみると、また深い味わいが生まれそうです。

展示室内の一角には、こんなほっこりコーナーも。
ニッコリ微笑む魯山人おじさんとその住まいの一部が再現されています。

晩年は、自作の器でこんな風に一人、晩酌を楽しんでいたのでしょうか。

住まいを感じさせる作品には電気スタンドもありました。
ランプシェードからこぼれる温かな灯りに、織部のやわらかなグリーンが綺麗です。

晩年高く評価された、織部の器の数々はたっぷりとした大きさと、洒脱な形に魯山人のセンスが光ります。

また、魯山人の好んだ美食エピソードをひとつ。

「納豆の茶漬け」。

納豆にはうるさかった魯山人。「醤油を入れる前にひたすら練り混ぜる」が鉄則で、糸が出れば出るほどうまくなる、が信条。
納豆がどろどろの糸だらけになってもう混ぜられない、というまで手間暇をかけるのが大切と説きました。醤油は途中で少しずつ垂らし、煎茶の茶漬けに海苔をのせ、その上に納豆をかければ魯山人流「納豆の茶漬け」の出来上がり。

・・・・これなら、真似できそうですね。
良く練られた納豆と、煎茶の相性はバツグンなのだそう。

魯山人は自作のお茶碗で、こだわりの納豆の茶漬けを楽しんでいたのでしょうか。

 

晩年の作品は、どんどんシンプルになっていくのが特徴です。
「紅葉絵鉢」は鮮やかな紅葉がとてもリアルに写しこまれています。

糸巻模様の洒脱な器「色絵糸巻皿」も、晩年期の作品。

黄瀬戸や伊賀、備前など、焼き締めの作品が多く、シンプルになっていく過程を知る事ができます。

また今回の展示で特筆すべきなのは、魯山人と福井との関わり。

大正4年に、美術商窪田ト了軒の招きで1ヵ月ほど鯖江に滞在
その間に数々の福井の文化人と交流し、いくつかの作品を残しています。

その時の詳細がパネルで紹介されているので、こちらもぜひチェックです。

また、鑑賞後のおたのしみも充実していますよ。

お約束の、写真撮影コーナーもあります。
魯山人と手をつなぐ、もしくは頭をつかまれてみてください。

物販コーナーもかなり充実していますよ。
魯山人の作品をオマージュした色とりどりの陶磁器がずらりと並んでいます。
これは勢いで買ってしまいそうですねえ。。

 

・・・・・・いかがでしたでしょうか?

明治、大正、昭和を生きたマルチアーティスト魯山人の片鱗がうかがい知れる今回の展覧会。

ご紹介したのはほんの一部。魯山人の作品を一堂に見ることができるのは、なかなかありません。

ぜひ近くで彼の作品を見て、感じて、その揺るがない美の世界を堪能してみてください。

「北大路魯山人展」

福井市美術館
【会期】開催中~7月7日(日)
【住所】福井県福井市下馬3-1111
【休館日】月曜
【電話】0776-33-2990
【開館時間】9:00~17:15(入館は16:45まで)
【観覧料】一般 1,100円(900円)/高校・大学生 800円(700円)/小・中学生500円(400円)( )内は20名以上の団体料金。障害者手帳提示者及びその介護者1名は団体料金を適用。未就学児は無料。

▶ 詳しくはこちら

※作品解説会 6月16日(日)、23日(日)、30日(日)各回14:00~ 
会場:福井市美術館2階市民アトリエ2、参加費:無料(要当日観覧券)

http://www.art.museum.city.fukui.fukui.jp/

※掲載内容に誤りや修正などがありましたら、こちらからご連絡いただけると幸いです。

※本記事の情報は取材時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。最新情報はお電話等で直接取材先へご確認ください。

雪森
writer : 雪森

神出鬼没に福井の「あら、すてき」「これ、いいんじゃない?」スポットをすり抜けます。過敏なジャンルはファッション、バブリーな人やモノ、昭和の残り香、フランス、からだによいこと系。
いつか、ふーぽ海外取材をしたいともくろんでいます。

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