大阪・SAVVYの竹村さんからいただいたお題は、「海のものとも山のものともつかない」でした。
「海のものとも~」とは、物事の正体や本質がつかめず見当がつかない、将来どうなるかわからない様子を表す言い回しだ。
おいっ、竹村!(注:心の中では敬愛を込めて「さん」付けで呼んでいます)
海に面し、県土のほとんどが山に囲まれた和歌山にあって、素性の不明なものなんてあるわけないぞ!
ややこしいテーマを振りやがってコノヤロー!(訳:おもろいお題、ありがとうございます!)
と、ひとしきり訴えたところで、はたと気がついた。
そもそも和歌山県民こそが、全国的には海のもんとも山のもんともつかない存在ちゃうんか?と。
大阪人のように切れのあるツッコミはできないし、トークのオチも期待しない。
京都人のように長居する来客にぶぶ漬けをお出しする風習も持ち合わせていない(もちろん言い伝えです)。奈良人のように……以下、略。
このように県民性を説明する上でステレオタイプなエピソードを脳内検索していると、某国営放送局の番組に出演した時のことを思い出した。
内容は外国人向けのご当地ラーメン紹介。
私のミッションは、和歌山ラーメンに関するコメント収録だ。

事務所内での収録の様子。今見ても緊張感が伝わる
わかりやすく伝えるために「和歌山ラーメン」と書いたけど、地元の、特にオールドファンは「中華そば」と呼び、注文時は「中華、麺は固め」などと告げるのがデフォルトだ。

収録では中華そばの発祥から現在に至るまでのトピック、客としての思いなどをお話したのだが、食べたメニューを会計時に伝える自己申告制と県民性の関連については、自分なりの想像を交えて熱く語ったのだった。

卓上に無造作に置かれているゆで卵と早なれ寿司。会計時に食べた個数を伝える
以下、再録します。
「戦後、忙しく屋台を切り盛りするご主人を気づかって、地元のお客さんが食べた個数を申告していたのではと思います。
郷土の方言、和歌山弁で『つれもていこら』という言葉があります。『みんなで一緒に行きましょう』という意味なんですが、このフレーズは、今でもみんなで団結する時などのキャッチフレーズとして使われています。
大変な戦後復興の時代、『つれもていこら』という助け合いの精神が、中華そばの自己申告制が根付いたことに関係しているのかなと思ったりします」
しかしオンエアでは見事にカットされていた。
うんうん、わかるよ。温かい人柄とか力を合わせるってワードはエッジが立っていなくて使いにくいよね。
でもそれこそが和歌山の県民性。人の優しさに希望の光を見出したいアラフィフのおいちゃんはそう思うんだな。
収録でボツになった無念を成仏させたくて、ここで書いてしまいました。
最後まで読んでくださった皆さん、ありがとう。まろやかで優しい味の和歌山中華そばをぜひ食べに来てください。