【犬と猫と人間(僕)の徒然なる日常。】第5話:夏の匂いとしょっぱいビール。

【犬と猫と人間(僕)の徒然なる日常。】第5話:夏の匂いとしょっぱいビール。

こんにちは、ふーぽ編集部です。

福井新聞社が発行するローカルライフマガジン「月刊fu」で連載中のエッセー《犬と猫と人間(僕)の徒然なる日常。》

福井県出身の編集者、小林孝延さんが、犬1、猫2との暮らしを、のんびりと綴っています。

第5回の舞台は5年前の福井。

お盆に生前の奥様と福と一緒に帰省した、お墓参りの記憶をたどります。

小林孝延
こばやし・たかのぶ

編集者。福井県出身。扶桑社発行の雑誌「天然生活」「ESSE」元編集長。石田ゆり子著「ハニオ日記」(扶桑社)、「保護犬と暮らすということ」(扶桑社)などを編集。犬1、猫2と暮らす。釣り好き。公式Instagram

 

第5話:夏の匂いとしょっぱいビール。

もうすぐお盆だ。

福井を出てずいぶんと経つけれど、故郷の記憶はなぜか夏の匂いとリンクしている。

* * *

臆病な元保護犬の福と一番最初に遠出したのは5年前の夏だった。

妻と福と一緒にお盆に帰省した。

がん治療中の妻が

「体調が悪くてしばらくお墓参りできなかったから、今年の夏は義父さん義母さんにご挨拶しにいきたい」

と言ったのがきっかけだった。

病気のせいで夫婦ふたりでの遠出なんてしばらくしていなかったし、福をつれて福井に帰ってみるのもちょっと楽しそうだなと思い、車でのんびり東京からむかうことにした。

* * *

主人を失った実家の玄関ドアをあけると懐かしい香りがするかと思ったらカビくさかった。

臆病な福は上り框(かまち)を越えるのを嫌がっていたが、無理矢理引いて座敷に上げると観念したようにしょんぼりと居間の仏壇の前でくるりと丸くなった。

しばらく帰省できていなかったお詫びの気持ちをこめてふたりで畳を雑巾掛けし、廊下を磨き、家の周りで伸び放題になっていた草を刈った。

父と母が眠るお墓は田んぼの畦道を5分ほど歩いたところにある。

掃除がひと段落した後、妻と福といっしょにゆっくり歩く畦道は夏の匂いがした。

子供の頃、この辺りの用水路でよくおたまじゃくし捕ったなあ。

足音に驚いて草むらから飛び出したバッタを福が不思議そうな顔で眺めていた。

* * *

お墓にはだれかが供えてくれた花がかろうじてしおれず立っていた。

水をかけて墓の苔を落とし、線香に火をつけ手を合わせる。

そっと隣の妻に目をやると、その横顔には近いうちにこのお墓に自分が入ることになるという覚悟の表情があった。

その夜は大野の道の駅で買った舞茸と「星山」のホルモン、福井流に言えば「とんちゃん」をホットプレートで焼いて食べた。

肉が焼ける匂いに福が鼻を鳴らすが、さすがにタレの染みたこれは体に悪かろうと、かわいそうだけど無視を決め込む。

黙ってビールを飲んでいるとカエルの声がうるさいくらいだ。

そのうちになんだか泣けてきて途中からビールがしょっぱくなってしまった。

母親、父親と立て続けに見送った後、福井の田んぼに沈んでいく夕陽を見るだけでも泣けてくるようになったのは、やはり歳のせいだろうか。

* * *

お盆の里帰りから東京に戻ってほどなくして妻は天国へ旅立った。

ただ僕は遠く離れた福井のお墓に妻の骨を納めることができず、ずっと東京の自宅に置いたままにしていた。

5年が過ぎた今年の春、今度は僕の方がようやく覚悟を決めてお墓に妻の法名を彫った。

この夏、僕と福は妻の骨を抱いて福井に帰るつもりだ。

きっとまた、ビールがしょっぱくなるんだろうなあ。

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※本記事の情報は取材時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。最新情報はお電話等で直接取材先へご確認ください。

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