先日、パリ在住のアーティストで文筆家の猫沢エミさんとの共著「真夜中のパリから夜明けの東京へ」が発売になった。
この本は、僕と猫沢さんがそれぞれ大切な存在を失い、喪失の闇の中からどうやって再び立ち上がったのか――その過程を往復書簡のかたちで綴ったものだ。
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今から3年前。
当時、勤めていた出版社での仕事に少し疲れていた僕は、ふと思い立ってパリを訪れた。
コロナ禍がようやく落ち着き始めた秋だった。
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もちろん一番の目的はパリに移住した猫沢さんに会うこと。
でももうひとつ長年あたためていた計画があった。
それはセーヌ川で釣りをすること。
観光名所として知られるセーヌ川だが、実は知る人ぞ知る“怪魚リバー”でもある。
ヨーロッパオオナマズという、人の背丈ほどもある魚が棲んでいるのだ。
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10月のパリの朝、霧雨の中、ルアーをキャストすると、すぐに反応が。
小型のヨーロピアンパーチだった。
宿泊していたサンルイ島の築400年のアパルトマンから徒歩5分でこんな釣り場があるなんてと魚を手にしばし感動に浸った。
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しかしつくづくネタに困らない人生だと思う。
ようやく日が昇った頃、なんと川上からどんぶらこ、どんぶらこ、と桃じゃなくて犬が流れてきたのだ。
東京に置いてきた愛犬の幻か?と思うまもなく今度はその犬を追うようにブロンドのパリジェンヌが悲鳴を上げながら駆け寄ってきた。
どうやら2匹の犬を散歩中、誤って1匹が落水したらしい。
川は3m近く高さのある切り立った護岸で、犬は自力で上がることができない。
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気がつくと僕は、ロッドを放り出し、護岸を滑り降りていた。
必死に犬に手を伸ばし首輪を掴もうとするも、怖がる犬が僕の手に噛み付く。
「痛たた!大丈夫だから!」と日本語で伝えてもパリワンコには通じない。
すると、パリジェンヌが腹の底から絞り出すように「やめて!!噛まないで!!この人は助けてくれてるかっこいい人なのよ!」(意訳。かっこいいは嘘)と叫ぶと、ようやく、おとなしくなった。
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なんとか川に片足を突っ込みながら片手で首輪をむんず!と掴み、ずぶ濡れの犬を抱き上げた。
まさか魚じゃなくて犬を釣るなんてね…。
パリジェンヌからは「ああ、あなたがいなければどうなっていたことか。
ありがとうムッシュ」(意訳)と何度も感謝されたのだった。
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そんな冗談みたいな土産話を肴に、猫沢さんのアパルトマンで、パリに暮らす自由な大人たちと、しこたまワインを飲んだ。酔いが回る頭で、ふと、思った。
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もう、会社を辞めようかな。
そして今、こうして文章を書いて暮らしている。
本当に人生って、ハプニング続きだなと、つくづく思うのです。