かつて能登の移民がつくった村。【生活芸人・田中佑典のふくい微事記~若狭町能登野編~】

かつて能登の移民がつくった村。【生活芸人・田中佑典のふくい微事記~若狭町能登野編~】

こんにちは、生活芸人の田中佑典です。

 

往復約900km。福井県を徒歩で横断する「微遍路(びへんろ)を終え、歩んだ道のりをもとに「微住街道」をマッピング。

街道の途中で出合った出来事を「微事記」として記し紹介します。

今回は【若狭町の能登野(のとの)編】です。

【⇒過去の記事一覧はこちらから


田中 佑典
さん

台湾と日本をつなぐプロデューサー。
一定期間地域に滞在し、“ゆるさと”づくりをする旅『微住』の提唱人。
2021年東京から福井市にUターン。
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かつて能登の移民がつくった村。

微遍路中、不思議な巡り合わせが続いた日があった。

若狭町上中を歩いていたときのこと、突風が吹いてコンタクトレンズが吹き飛んだ。

慌てて近くのドラッグストアに駆け込むと、背の高い男性スタッフがとても親切に対応してくれた。

感謝しながらその後、熊川宿に向かい、円成寺に宿泊した。

夕飯にいただいたお惣菜が美味しかったので詳しく伺うと、明日向かう三十三(みそみ)地区にある鮮魚店のものだという。

 

翌日は熊川宿で寄り道したため2時間遅れの出発となり、瓜割の滝を通って三十三地区へ。

到着したのは18時半を過ぎていた。すでに鮮魚店は閉まっており、落胆していると、向かいにある小学校の先生が地元で人気の居酒屋を紹介してくれた。

そこで食事をしていると、山の方から太鼓の音が響いてくる。

どうやら暗闇の向こうで祭りが行われているようだ。

かすかに見える提灯の灯りだけを頼りに歩いていくと、たどり着いたのが「能登野(のとの)」という地区

あの日もこの提灯の灯りを頼りに辿り着いた


年に一度だけ行われる「行者(ぎょうじゃ)祭り」が行われている最中だった。

 

能登野の地名は、かつて能登国(現在の石川県)の木地師が全国を遍歴しながら良木を探し求め、この地に移り住んだことが由来だという。

村にある三十三間山も、京都の三十三間堂の棟木がここから切り出されたことから名付けられたそうだ。

 

今年は村の男性陣のみで「行者祭り」が執り行われた


行者祭りが終わり、三方五湖方面へ向け夜道を歩いている途中、コンビニに立ち寄ると、入れ違いにある男性とすれ違った。

昨日ドラッグストアでお世話になった、八田祐輔さんだ・・・。

エラーが重なったおかげで、八田さんや行者祭りと出会えたことは、これぞ微遍路の醍醐味。

少しでもタイミングがズレていたら、この巡り合わせはなかった。

コンビニで八田さんと再会し、急いで撮った一枚

 

そしてちょうど一年後の4月7日、僕は八田さんを誘い、再び能登野の行者祭りへ出向き、村の皆さんと再会した。

かつてここで良木を得た木地師のように、僕は不思議な良縁を得たのだった。

能登野地区の皆さんと。八田さん(田中の右隣)とは1年ぶりの再会

あの日食べ損ねた田辺鮮魚店の「味かつ」

 

 

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