【福井市の魅力再発見!】実はすごい! 庭園マニアも唸る朝倉氏遺跡の4つの庭園を見に行こう♪

【福井市の魅力再発見!】実はすごい! 庭園マニアも唸る朝倉氏遺跡の4つの庭園を見に行こう♪

こんにちは。「ふーぽ」編集部です!


2020年の大河ドラマ「麒麟がくる」の舞台としても取り上げられた朝倉氏の拠点、福井県福井市の「一乗谷朝倉氏遺跡」。

実は、この一大都市を築いた朝倉氏の第5代当主「朝倉義景」(ドラマではユースケ・サンタマリアさんが熱演されましたね!)は、超がつくほどの庭園好きだったとも言われています。

館跡にはなんと15ケ所を超える庭の跡が見つかっていることをご存知でしたか?

 

今回は、この「一乗谷朝倉氏遺跡」を「庭園」を軸にしてご紹介いたします!!

庭を愛した戦国武将の生活の様子などが、じわりと浮かび上がってきますよ〜。

改めてご紹介!「一乗谷朝倉氏遺跡」ってどんな場所?

時を遡ること今から約450年前、信長が天下を取るために奔走していた時代。

福井県の嶺北地方と敦賀までを越前国(えちぜんのくに)として治めていたのが「越前朝倉氏」でした。

朝倉氏は現在の兵庫県からやってきたといわれる一族で、東西に山、北に足羽川で囲まれた一乗谷を格好の拠点として選びます。

応仁の乱以降、京の都から名だたる文化人がやって来たこの町には、約1万人もの人々が暮らし、「北の京」と呼ばれるほどに素晴らしい芸術文化が花開きました

 

でも、その栄華も終わりが来てしまいます。

ついに1573年(天正元年)、朝倉義景が織田信長に敗れると、一気に城下町は焼き払われてしまうのです。


そして、1967年(昭和42年)、土の下で眠り続けてきた朝倉氏の都市遺構が「日本のポンペイ」と呼ばれるほどに完全な姿で発掘されました。

武家屋敷や城下町など、当時の町並みが復原された「一乗谷朝倉氏遺跡」は、なんと全国で6例しかない国の三重指定(特別史跡・特別名勝・重要文化財)を受けるほど貴重な名所として認められたのです!

 

\ちょこっと解説/

 特別史跡 :貝塚や古墳などの遺跡の中で、国が定めた歴史上重要な「史跡」のうち、学術上の価値が特に高く日本の文化を象徴するもの
 特別名勝 「名勝」とは文化財保護法で認定されている庭園・橋梁・峡谷・海浜・山岳等など観賞上価値の高いもので重要なもの。その中で、特に価値の高いと認定されているもの
 重要文化財 :日本に所在する建造物、美術工芸品、考古資料、歴史資料等の有形文化財のうち、歴史上・芸術上、または学術的に価値の高いものとして文化財保護法で認定されたもの

 

一乗谷朝倉氏遺跡は、「遺跡」も、「庭園」も、「出土品」も!

それらすべて歴史的に価値があると国から認められた史跡なんです!!!

 

ちなみに、朝倉氏遺跡以外に三重指定を受けている史跡は、京都の金閣寺銀閣寺醍醐寺三宝院広島の厳島神社、奈良の平城宮 東院があります。

名だたる観光地と肩を並べる貴重なスポットであることがお分かりいただけたでしょうか!

 

 

あの○○も指定されている「特別名勝」のひとつ!

遺跡や出土品が歴史的価値があるのは分かりますよね。

ですがなぜ、一乗谷朝倉氏遺跡の「庭園」のどういった点が評価され、特別に価値のある「特別名勝」として認定されたのでしょうか?

気になりますよね〜?


今回は、朝倉氏遺跡の発掘調査にも携わり、現在は東郷地区にある最勝寺の住職でありながら造園会社も営む、佐々木教幸(ささき のりゆき)さんに解説していただきます!

━━そもそも、朝倉氏遺跡の「庭園」って、どこがそんなにすごいんですか?

佐々木さん
そりゃあすごいですよ!

なんたって「特別名勝」に指定された庭園が4つもあるんですから!
 

━━特別名勝??

佐々木さん
「特別名勝」は、国が文化財保護法に基づいて指定する景観の優れている場所のことで、全国でも36ヶ所しかないんです。

有名なところで言うと世界遺産の富士山や日本三名園の兼六園などがあります。

朝倉氏遺跡の庭園は、その中の一つなんですよ!

 

━━えー!富士山と兼六園に並ぶんですか!

佐々木さん
そうです。しかも、朝倉氏遺跡の発掘調査の50年ほどの間になんと15ヶ所以上の庭の遺構が発掘されたんです。

当時から庭園は「石」を中心に設計されていて、配置はそのままに残されていました。

全国的に見てもすごい数なんですよ。

 

━━すごい!実は庭だらけなんですね!知らなかったです。

 

応仁の乱以降にやって来た人の中には、京の都の文化人も多くいました。

だからこそ、京の文化を取り入れた生活文化が広がり、庭園もその中の一つだったようです。

しかも、戦国時代に流行した庭園は戦によって荒らされてしまったものが多く、手付かずで発掘された朝倉氏遺跡は資料的にも価値が高いんです!!

 

 

庭の文化が開花!庭園カルチャー隆盛期

諏訪館跡庭園


資料的に貴重な朝倉氏遺跡の「庭園」は、芸術的にも見逃せない理由があるのだとか。

それは、朝倉氏が繁栄を極めた時代は「庭園文化のピーク」とも重なっているということ。

庭園文化は平安時代から発達し、特に室町〜安土桃山・江戸初期にかけての庭園は禅宗との融合によって宇宙を表現する芸術に昇華したものが生まれました。

 

その代表とされる京都の南禅寺などの庭園と、朝倉氏遺跡で見られる庭園は同時代のものとも言われています。

しかし、当時の庭園は戦によって焼け払われてしまったものが多いため、朝倉氏遺跡のような状態の良い庭園跡によって、庭園づくりの形式や思想などたくさんのことを知ることができるんです。

このことからも朝倉氏遺跡は当時の多くの将軍たちが好んで作られた庭園の形と言っても過言ではありません。


━━朝倉氏遺跡の庭園は、全体的にどんな特徴があるんですか?

佐々木さん
石組みを中心とした「戦国時代の高揚さ」と「京文化の香り」を感じれることが特徴です。

それから、平安時代に書かれた『作庭記』に基づく伝統を受け継いでいることもポイントですね。

 

━━『作庭記』??庭づくりのマニュアルみたいなものですか?

佐々木さん
もう少し難しいですよ(笑)

陰陽道や中国の風水などをもとにしていて、石の立て方や遣水の方角などがまとめられています。

現代の僕たちのような庭師にとっても指南書になっているんですよ。

 

現代の庭師も唸らせる珠玉の庭園が集まる「一乗谷朝倉氏遺跡」の庭園!!

うーん、一体どんなものなのでしょうか??

 

今回は朝倉氏遺跡にある庭園の中から、特別名勝に指定された4庭園

朝倉館跡庭園(あさくらやかたあとていえん)
◆ 湯殿跡庭園(ゆどのあとていえん)
◆ 南陽寺跡庭園
(なんようじあとていえん)
◆ 諏訪館跡庭園(すわやかたあとていえん)

を順番に巡りながらご紹介していきたいと思います!

 

\一乗谷朝倉氏遺跡全容はこちらでチェック/

一乗谷朝倉氏遺跡MAP。地図右上から順に南陽寺跡庭園、朝倉館跡庭園、湯殿跡庭園、諏訪館跡庭園。クリックで拡大します

 

日本で一番古い花壇!「朝倉館跡庭園」

朝倉館跡・唐門


いよいよ「庭園」の実物を見に屋敷へと入ってみましょう!

まず、朝倉氏遺跡といえば有名な「唐門」※。

※朝倉義景の菩提を弔うために江戸時代に建てられた門。


一乗谷は越前国の中心だったため、朝倉氏の館は今でいう県庁みたいな機能を果たしていました。

現在見られる館跡は朝倉義景の時代に増築されていて、のちに室町幕府の第15代将軍となる足利義昭(当時は義秋)というVIPも訪れていたそうです!



まずはこの唐門をくぐって、入って行きますよ!

「お邪魔しま~す!!」

 

朝倉館跡庭園

 

当時は館の西側を「ケ(日常)」、東側を「ハレ(非日常)」と分けて使われていたそうです。

私たちは向かって右手、東側の奥へと進むと「朝倉館跡庭園」に到着です!

 

発掘調査により園地や石垣、花壇などが遺構が発掘され、在りし日の姿を伝えてくれています

 

━━この庭園跡の見所ポイントはありますか?

 

佐々木さん

3つあります!

まず、つい50年ほど前まで斜面の土で埋もれていたので、400年以上経った今でもとてもきれいに残っていることですね。

それから、日本で一番古い花壇がここにあります

発掘調査の時に、花粉分析をしたら桔梗や萩が出てきて、当時どのような花を植えていたのかがわかっているんですよ。

そして、三国からやってきた「安島の石※」が使われているんです。

義景は、大湊神社を崇敬してよく参拝していたそうです。

※大湊神社のある三国町安島地区と同じ海の石である普通輝石紫蘇輝石安山岩。

 

まさに日本のポンペイ的エピソード!


一見、ぱっと見ただけでは崖の斜面におもむろに石が並べられているようにも見えるこの朝倉館跡庭園。

ですが、長い年月を経て現代に当時の空気を伝えてくれる貴重な池庭でもあり、一乗谷で三国の空気を感じられるの場所でもあるんです。

 

<朝倉館庭園のココがポイント!>

・ずっと土に埋もれていたため、400年経った今でも美しい!
・日本で一番古い花壇がここにある!
・三国からやってきた「安島の石」が使われている!

 

 

岡本太郎も絶賛!「湯殿跡庭園」

湯殿跡庭園

 

朝倉館跡庭園を眺めたら、すぐ奥の階段を登って、12mほど上の高台に上がったところにある「湯殿跡庭園」へ。

「湯殿跡」とは言え、江戸時代の記録に記述があるだけで、お風呂だったかどうかは不明。

大きな石が隆々たる存在感を放つ、ある意味異質な空間。見ごたえがあります

 

━━おや?この庭園跡はずいぶん石がたくさんあるような…?

佐々木さん
そうなんです。

この庭園は、「立石」という屹立した石が多く使われていて、こんなに数のある庭園は全国でも珍しいと思います。

あの岡本太郎さん※も、この庭園を見て絶賛したそうですよ。

※岡本太郎…「芸術は爆発だ!」の名言でおなじみの日本現代芸術の巨匠
 

━━えっ!?岡本太郎も絶賛!?

佐々木さん
やはり戦国時代特有の血気盛んさと高揚さが躍り上がるような石組に現れていると思います。

これだけの巨石をこの配置にするとは…。

石の形や表情を見極める達人の技だと思います!

 

━━石の達人…。なんだかすごい領域ですね…。

佐々木さん

ある地点に立つと、これらの石が一点に集中して美しく見えるんですよ。
 

━━うわーーー!ほんとだ!私も庭で宇宙が見えてきた…かも?(どこかは現地で探してみてくださいね)

<湯殿跡庭園のココがポイント!>

・あの岡本太郎も大絶賛!戦国武将らしい力強い石組みを楽しめる!
・「湯殿」に関しては文献が残っておらず、どのような役割を果たしていたのかは不明→ロマンがある!
・平安時代の文献「作庭記」にも記述のある「三尊石組」の配置を楽しめる。

 

 

義昭公をおもてなし!「南陽寺跡庭園」


立石の魅力に浸った後は、西側の高台へさらに登って「南陽寺跡庭園」へ!

臨済宗の「南陽寺」は、朝倉氏の一族により創建されたと伝えられる尼寺。

朝倉氏にとって大事な客人を招く場所でもあったとか。

苔と石のコントラストも楽しめる場所です。

 

━━奥には桜の木が植えられていますね。

佐々木さん
 

この糸桜は後世に再現のために植えられたものですが、先ほど登場した足利義昭が当時ここで見た糸桜を歌にしているんですよ。

「もろ共に 月も忘るな 糸桜
年の緒長き 契と思はゝ」

 

━━おおっ、何よりの証拠ですね!

佐々木さん
また、ここで家臣として名高い真柄十郎左衛門が約3mもある大太刀を振るって舞ったとも言われているんですよ。

 

━━それってもしかして、「越前打刃物の祖」と言われる「千代鶴国安」の大太刀!?

佐々木さん
…かどうかはわかっていませんが、武将らしいエピソードですよね。

※越前打刃物は千代鶴国安が名剣をきたえる水を求めて来住し、作刀のかたわら鎌を作ったことに始まる。以来700年、伝統の技は今や欧米諸国からも高く評価されている。(越前市観光協会冊子より)

 

<南陽寺跡庭園のココがポイント!>

・朝倉氏にとって大事な客人を招く場所!
・石と苔のコントラストを楽しめる庭園でもある。

 

 

妻への愛がつまった!「諏訪館跡庭園」

諏訪館跡庭園


最後は、来た道を戻って、東の奥の方へ行ってみましょう!


今までの石がメインのお庭とは違って、なんだか華やかな庭園が見えてきます。

ここは「諏訪館跡庭園」。


朝倉義景の妻である小少将(こしょうしょう)の住まいだったとされています。

上下二段の構成であり、優雅な曲水を主体とする庭園です

 

━━この庭園の見所はどんなポイントがありますか?

佐々木さん
やっぱり他の3つの庭園とは異なって、立派な紅葉と糸桜など春夏秋冬楽しめる植栽の華やかさですね。

同じ石でも優しく穏やかな組み方、地割(庭の配置)にはとても品の良さを感じます。

 

━━小少将への愛を感じますねぇ…(遠い目)

佐々木さん
これだけの規模の庭園に対して、屋敷の広さがこぢんまりとしていますから僕からすれば個人専用の美術館が目の前にあるぐらい贅沢なものだと思います。

 

━━個人専用の美術館!それは贅沢ですね!

 

<諏訪館跡庭園のココがポイント!>

・朝倉義景の妻である小少将(こしょうしょう)の住まいだった。
・4つの名勝庭園の中で最も規模の大きな庭園。
・庭に見慣れていなくてもわかりやすい、上下二段の配置。

 

 

さらにディープに!日本遺産の「石がたり」

下城戸の石垣

朝倉氏遺跡で指定されている特別名勝の庭園は以上の4つ。

これらの庭園は「石」を活用した庭づくりがされています。

そして実はこれらの庭園をはじめとした朝倉氏遺跡の「石」を活用した取り組み、庭園等は2019年に日本遺産に認定されているんです。
詳しくはこちらの日本遺産「石がたり」HPをご参照ください

ぜひ、こちらにも触れてみましょう。

下城戸の石垣は敵の侵入を防ぐ意味もありました

まず、一乗谷の北詰にある街の出入り口となった「下城戸」の巨石。

佐々木さん曰く、ちょうど山城跡に行くまでの山道の中腹に巨石がゴロゴロしているそう。

40トンを超えるような石を昔の石工さんが運び出していたと思うと、本当に驚きです。

このような巨石はただ大きいだけではなく、敵の侵入を防ぐ役割をもち、さらに権威の象徴としても用いられていました。

 

西山光照寺跡

 

また、「下城戸」から600mほど離れたところにある「西山光照寺跡」も一見の価値ありです。

一乗谷最大の寺院と言われている寺跡で、笏谷石を使った石仏が並んでます。

1年を通じて石の様々な表情を楽しむことができます

発掘調査では、この石仏の背後に巨石を利用した石垣があったこともわかっており、当初の位置から大きく動いていないとか。

朝倉氏の城下町に住む人々も、この場所を訪れていたのかもしれませんね!

 

戦国の世を駆け抜けた越前朝倉氏。その歴史だけでなく、「庭」の見方を知ることで時代の裏まで見えてくるなんて、驚きの連続でした!

一乗谷朝倉氏遺跡を訪れたことがある方も多いと思いますが、改めて「庭園」と「石」の視点で見てみると新たな発見があること間違いなしです!

ぜひ、皆さんも実際に訪れてその魅力を感じてみてくださいね♪

一般社団法人 朝倉氏遺跡保存協会

福井県福井市城戸ノ内町28-37
公式サイト

※掲載内容に誤りや修正などがありましたら、こちらからご連絡いただけると幸いです。

※本記事の情報は取材時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。最新情報はお電話等で直接取材先へご確認ください。

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