“似て非なる”父子の関係は、社長とアトツギ。 「継ぐ側も、継がせる側も、本気(マジ)。」

父子の関係は、
社長とアトツギ。

有限会社島義

代表取締役

嶌村 義政・嶌村 一樹

三代目として葛藤の中で会社を背負った義政氏。その背中を見て育ち、自ら後継の道を選んだ息子。褒めて伸ばす父と、失敗
を重ね技を磨く子。信頼で結ばれた“父子バッテリー”が、世代を超えた覚悟を胸に、創業80年の伝統を未来へと繋いでいく。

進路を選ぶ自由も無く跡継ぎとなった父と、自らの意思で道をえらんだ息子。

Episode1.
親元を離れたかった三代目の葛藤と決意。


義政社長は現在49歳。

戦後まもなく祖父が始めた板金業を三代目として継ぎ8年目になるが、その道程は葛藤の連続だった。

三兄弟の次男ながら、兄が別の道へ進んだことで家業を継ぐことが決定。行きたい高校もあったが受験させてもらえず、父親は「工業系の高校へ行け」の一点張り。

志望高校への受験すら許されない環境に「とにかく親元を離れたかった」と当時を振り返る。

遊びたい盛りの友人を横目に、言われるがまま現場に入って早30年。

41歳のときに社長へ就任し、着実に事業拡大を行いながら、次世代への承継を真っ直ぐに見据えてきた。

自身の不自由な経験があったからこそ、「次世代への渡し方」は何より大切に考えていた。

そんな社長のもとに8年前、息子さんが入社。そこには義政社長とは「似て非なる」アトツギの、新たな承継の物語が待っていた。

Episode2.
野球で培った信頼の父子バッテリー。


父親とは対照的に、息子さんは自らの意思で跡継ぎの道を選んだ。

高校進学の時点では、周囲が反対しても「どうしても」と譲らず繊維系の学科へ。

父は「自分と同じ苦い経験をさせたくない」という思いから息子さんの意見を尊重。

しかし卒業後、「一度は外の空気を」という親心もよそに、自らの意思で迷わず父の会社へ入社した。

中学の頃から「いつか継ぐんだろうな、継いでもいいかなと考えてはいた」と振り返る。

社長の指導はかつて野球を教えていた頃と同じ“褒めて伸ばすスタイル”だとか。

熟練の職人たちに可愛がられ、失敗を積みながら「ありがとう」の言葉にやりがいを感じているという。

現在は国家資格の勉強にも励む四代目の姿は、実に頼もしい。

互いを認め合い、現場というマウンドに立つ二人の情熱は、まさに最強の父子バッテリーなのである。

※本記事の情報は取材時点のものです。最新情報はお電話等で直接取材先へご確認ください。

有限会社島義

創業80年、屋根や外壁、雨樋等の板金工事を主軸とする総合建築設計・施工会社。地域の「困った」を解決すべく、「早い!きれい!安い! goodスリー」をモットーに親切丁寧なサービスを展開。長年培った確かな技術と、心を込めた施工で住まいの安心を支え続ける、街の頼れるエキスパート。

代表取締役 嶌村 義政・嶌村 一樹
所在地 石川県金沢市河原市町ロ56
電話番号 076-257-3616
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