砂利道から続く地域の信頼と共に、 三代目が守る地元カーライフ。

辿り着いた哲学は、地域と共に生き残ること。

北日本自動車株式会社

代表取締役

高野 憲治

昭和22年創業の自動車販売会社の三代目。37歳で社長に就任。利益率低下や能登半島地震などの困難を乗り越え、地域密着の持続可能な経営を貫く。趣味はヴィンテージカーやハードロック、九谷焼コレクション。家族と社員の未来を第一に考える経営者。

あまり悩みませんね。何とかなるやろって。鈍感なんです(笑)

Episode1.
勝ち残りではなく、生き残る。三代目が背負う「穴水」の看板。


創業は昭和22年。「まだ道が砂利だった頃、祖父が始めた会社です」と語る高野社長は、穴水で三代続く自動車販売会社の舵を取る。

かつては50人の従業員を抱え、故障の多いトラックの修理で朝から行列ができたという活気ある時代もあった。

「親戚10人の中で男は僕一人。子供の頃から『三代目』と呼ばれるのが当たり前で、必然的にこの道に入りました」。

メーカー研修を飛び級で終え、25歳で帰郷。時代の変化や能登半島地震という荒波を経験し、辿り着いたのは「拡大より持続」という哲学。

「今は従業員8人。10人くらいが一番いいバランスなんです。勝ち残りなんて狙わない。あるのは、地域と共に生き残ること」。

その視線の先には、すでに「四代目」となる次男の姿があった。

守るべきものがある男の顔は、どこまでも誠実で、静かな覚悟に満ちていた。

Episode2.
鈍感力の仮面の下に、熱い「改造エンジン」を隠して。


高野社長の傍らには、昭和46年式のフェアレディS30(L28エンジン)が鎮座している。

同世代のクルマ好きは「見せてくれ!」と目を輝かせる。

趣味はクルマに留まらず、ハードロックのバンド経験や九谷焼の収集など、実に多彩。

お気に入りの抹茶椀で「お茶漬けを食べたら贅沢やろな」とやってみてしまう、お茶目な一面も持ち合わせている。

震災の日、愛用のぐい呑みが無傷で見つかったのを「よかったじ~」と一言だけで済ませた奥様とのやり取りエピソードに、ご夫婦の温かな空気感が滲む。

社長業の苦労を問うと、「あまり悩みませんね。何とかなるやろって。鈍感なんです(笑)」と煙に巻くような答えが。

しかし、その「鈍感力」という仮面の下には、どんな困難も面白がって乗り越える、高出力なエンジンが隠されているに違いない。

※本記事の情報は取材時点のものです。最新情報はお電話等で直接取材先へご確認ください。

北日本自動車株式会社

昭和22年創業、三代目が舵を取る老舗。軽から大型特種車両まで全車種に対応する、国認可の指定工場としての確かな技術を誇る。歴史を重んじつつ「古いだけの店にならない」挑戦を続け、震災を乗り越え元気に営業中。地域のカーライフを支える、信頼の厚い自動車のエキスパート。

代表取締役 高野 憲治
所在地 石川県鳳珠郡穴水町字鵜島ニの22番地
電話番号 0768-52-1313
URL https://r.goope.jp/kitanihoncar/
ページ上部へ