予期せぬ逆境から会社は始まった。 信頼される技術と仲間、社会インフラを支える。

逆境から仲間と築いた、情報の社会基盤。

株式会社COM-ONE

代表取締役社長

米田 稔

43歳でのリストラを再起の糧に変えた米田社長。公共インフラを支えるシステム開発に邁進する傍ら、邦楽小唄を嗜む粋な一面も。技術者人生を諦めず、最新技術への挑戦と遊び心を忘れない。その笑顔には、逆境を越えた者だけが持つ深い充実感が滲んでいる。

予期せず突然訪れた勧告。「独立したかったわけではないんです(笑)」

Episode1.
リストラから始まった創業。仲間と築いた情報の社会基盤。


「独立したかったわけではないんです(笑)」と苦笑いする米田社長。

高専卒業後、大手企業での大阪勤務を経て石川へUターン。

3DモデリングやCAD開発で実績を積み、海外関連会社の副社長を務めていた2002年、帰国を待っていたのは事業所閉鎖というリストラ勧告だったという。

転機を前に、仕事で関わりのあった仲間5人と共に株式会社COMONEを設立。

水道や電気と同様に「情報」を重要な社会基盤と捉え、現在は40人規模のシステム開発会社へと成長を遂げている。

IT業界に携わって約45年。積み重ねた実績と米田社長の功績を武器に、予期せぬ逆境を仲間との再起に変えた物語は、野心ではなく技術への誠実さから始まっていた。

確かな実力を持つITオヤジの原点は、予期せず突然訪れた勧告にあったのである。

Episode2.
逆境を越えた先にある充実の人生。ときに、三味線オヤジとなる。


最新技術への挑戦に加え、従業員との交流を何より楽しむ米田社長。

家族参加の社員旅行など、温かな社風作りにも熱量を注いでいるという。

「コロナ以降はリモートワークも増えましたが、それも良い変化」と語る柔軟さは、多彩な趣味にも表れている。

洋楽バンドではキーボード奏者として活躍する一方、邦楽小唄では三味線も奏でる「二刀流」を標榜している。

PCのキーボードを叩くように奏でるその姿は、スーツから着物に着替えても、粋で様になるに違いない。

「道楽が過ぎて家族からは叱られています」と苦笑いするものの、設立当時の苦労を乗り越えた今、その表情には晴れやかな充実感が滲む。

サラリーマン時代より今の方が充実しているかという問いに、「そうですね!」と満面の笑みで答える姿が印象的だった。

※本記事の情報は取材時点のものです。最新情報はお電話等で直接取材先へご確認ください。

株式会社COM-ONE

能美市のサイエンスパークに拠点を置くソフトウェア開発企業。「知の集積地」にて行政や製造、建設など多分野のシステム開発を手掛ける。画像処理やIoTに加え、生成AIや量子コンピューティングといった最先端技術にも果敢に挑み、情報システム技術の可能性を追求し続けている。

代表取締役社長 米田 稔
所在地 石川県能美市旭台2-5-1 いしかわサイエンスパーク
電話番号 0761-51-7727
URL https://www.com-one.com/
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